京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

「ケ」飯

2019年11月08日 05時08分04秒 | 風景

↑これは、ケムシ。ケメシではないか。自分でボケテ、つっこむのは悲しい・・・。

「ケ」とは、民俗学でいう「ハレ」と「ケ」の「ケ」です。
ハレの語源は「晴れ」です。「晴れの舞台」(=生涯に一度ほどの大事な場面)、「晴れ着」(=折り目・節目の儀礼で着用する衣服)などの言い回しで使います。
「ハレ」に対し「ケ」は、「ケ着」つまり普段着というような意味で使っていた。
最近、あまり使いませんね。



天気の「晴れ」って普通に使っていますよね。でも江戸時代まで遡ると、長雨が続いた後に天気が回復し、晴れ間がさしたような節目に当たる日についてのみ「晴れ」と記した記録があるのです。



晴れ着といえば結婚式の晴れ着が思い浮かぶ。でも最近は、生涯に一度ほどの大事な場面ではなくなってきていますね。
昔は、百貨店に行く時やホテルに行くような時は「晴れ着」を着ていったものです。最近、毎日にように百貨店に行くけど・・・「ケ着」のどん底のような状態の人が多い。かく言う私もそうですけど。



昔は、お正月といえば、みなさん、それなりに晴れ着を着て親戚や初詣に行ってものです。食べるものもお節料理だった。
私は、小さい時からお節料理が苦手だったな。卵かカマボコぐらいしか食べなかった。お雑煮も苦手だったな。
服装もいい加減だった。でも私の20歳代は、バブルの頃だったから、タキシードを着てパーティーが多かった。女性も毛皮と「プワゾン」の香り・・・。最近の若い世代は、その点では可哀想ですね。


↑鐘園亭泉涌寺店「糖醋鶏塊定食(鶏の甘酢)」750円


↑これは、私にとって「ケ」飯なんです。

話しが逸れて行きそう。
最近、「ハレ」と「ケ」の概念が曖昧になってきたかも。
いいことなんだろうか?
昔は、「旗日」がありましたね。京都市以外では、どうかわかりませんが、学校の行事で紅白饅頭が配られた。いまは、ないですね。
教師だって神聖な職業でもなくなった。聖と俗が曖昧模糊としている。上下左右のケジメが無くなった。
結婚式や葬式も簡素化されてきた。宗教的な概念が教育によって崩されてしまった。


↑カレーうどんやパスタなんて家で食べるものだと思っている。

その癖、仏像巡りやパワースポット巡りが相変わらず流行っている。
一時期ほどではないけど、占いだって健在かな?
これからの日本、どうなって行くのでしょう?
まあ、先の事を心配しても無意味なことだと思うけど。

和菓子
クリエーター情報なし
河出書房新社

↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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Twitter→@kyo_otoko
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