京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

土蜘蛛塚

2017年12月16日 06時07分58秒 | 社寺

↑朝日山東向観音寺


↑本堂

ここは、北野天満宮の隣(?)にある北野東向観音寺。
寺伝によると元のお寺は朝日寺といい延暦25年(806)に建立。
いまの観音寺になったのは、天暦元年(947)。
北野天満宮の奥之院的存在らしい。
本堂が東向になっているから「北野東向観音寺」となったそうです。
最初は、西向もあったそうですが、前の戦争(応仁の乱)の時に焼失し、西向の方は再建されなかったそうです。
斜向かいとかもあったのかな?


↑岩雲辨財天

北野天満宮と関係があったのでそうね。
昔は、いまと違い神仏が渾然一体としていました。
日本は、面白い国です。すべて習合してしまう。
御利益があればなんでもありということ。
他の国では考えられないことだと思う。




↑護摩を焚いたのかな?


↑伴氏廟

この「伴氏廟」ってなに?
調べてみました。
菅原道真さんのお母さんなんだそうです。
結構教育ママだったかな?
「ひさかたの 月の桂も 折るばかり 家の風をも 吹かせてしがな」
と詠んだ歌が『拾遺集』に残されている。


↑一番右の覆いがあるものが「土蜘蛛塚」

「塚」ってお墓のことかも。
土蜘蛛は、古代日本で、天皇への恭順を表明しない土着の豪傑などに対する蔑称。
各地にたくさんそういう存在がいたのでしょう。
ひょっとして縄文人の生き残りかもしれない。
山奥なんかにひっそり生活していたんだろうな。
九州沿岸には海蜘蛛というのもいたらしい。

この塚が土蜘蛛由来というのはなんできまったのかな・・・。
なぞだな。
高札的にはそう書いてあるけどね。


↑妖怪土蜘蛛絵図、京女が怖がりそう。

ちなみに京女は、蜘蛛や百足、ゴキブリが苦手です。
でも海老や蟹は喜んで召し上がる。
なぞだな・・・。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (2)
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