Firenze

旅の思い出

右と左を決定する遺伝子の発見

2006-06-01 14:43:32 | Weblog
 右と左を決定する遺伝子の発見についてお話しましょう。

 東京の臨床医学総合研究所の濱田博司先生は、ES細胞の未分化特異的転写因子を研究しているうちに、マウス胚発生のごく短い時期に、左にのみ発現する遺伝子を発見し、これをleftyと名付けました。この頃の様子は、私の友人の守田匡伸(もりたまさのぶ)君が、東北大学大学院(理学)の大学院生(指導教官 藤井義明先生)だった時、in situ hybridization法を濱田先生のもとに習いに行っていましたが、その時にちょうど発見がされた時期だったようです。守田君はラボに寝泊りしていましたが、夜疲れて寝ようとすると、濱田先生はまだ実験をしておられる。朝目が覚めると、すでに仕事を開始しておられるといった具合に、ハードワークをこなしておられたようです。九州大学の目野主税(めのちから)先生のホームページにも、その頃の様子が触れてあります。

 その時期には、だれも左右を決定する遺伝子を発見しておりませんでしたので、画期的な一歩が踏み出されたわけです。学会で濱田先生がleftyについて、発表されましたところ、質問がでました。
質問者:「マウス胚発生にleftyが左にのみ発現するのは理解できましたが、何がleftyを左に発現せよと命令しているのでしょうか。」
濱田先生:「いい質問です。命令している因子を見つけたら、次に、その因子を規定しているのは何かという質問が出ることでしょう。無限の質問が胚発生の瞬間にまでさかのぼって出ることと思います。今は答えは出ていません。」

 ところが、意外なところから答えがでることとなります。場所は、東京大学解剖学、教授は廣川信隆先生。先生は、神経細胞の細胞内伝達物質の輸送にかかわるモータータンパクの同定と解析を行っていました。材料は、プルキンエ細胞等。神経細胞のみならず、一般に細胞は、一次線毛 primary ciliumという構造を持っています。この線毛は、あまり運動していないのではないかと考えられておりました。しかし、その線毛の基部には、kif 3Aというモータータンパクが存在していました。そこで、この遺伝子をノックアウトしたマウスを作製しました。

 すると、このマウスは、ヒトのカルタゲナー症候群 Kartagener syndromeに似た症状を呈してきました。この症候群は、気道粘膜の線毛の運動が障害されて、呼吸器感染症を繰り返します。また、内臓の位置が左右逆になることがよく見られるのですが、その当時は、気道粘膜の線毛運動の障害との関係はわかりませんでした。

 正常マウスとkif 3Aを欠損したマウスの初期胚で、ヘンゼン結節 nodeという部分の線毛運動を調べてみました。正常マウスでは、何と線毛が運動して、細胞外物質を左へ左へと送っているのに対して、ノックアウトマウスではそれが見られません。細胞外物質が左に送られることが左右の違いを生み出すもとだったことが、これに引き続く研究で明らかになりました。

 濱田先生の発表の時に出された質問に対して、解答が得られたわけです。

 ここで、「右が決まれば、左は自動的に決まるよね」と思われる方も多いかもしれません。たしかに、廣川先生の発表に対して、日本を代表する研究者が、これと同じ内容で、質問をされた場面に遭遇したこともあります。しかし、心臓の構造ひとつとっても、左右の決定は重要で、発生学では本質的な質問であることは明白です。

 ついでに、動物の体の軸というと、頭尾軸(前後軸)と背腹軸と左右軸の3つがあります。左右軸は、上のような経緯で研究が進んでいますが、他の2つについても、非常におもしろいお話があります。これは、いずれ別の機会に考察しましょう。
 

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1 コメント

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ごぶさたです (まさ)
2006-06-10 05:06:29
先生、ご無沙汰しております。



ひょんなことから先生ブログを見つけ、

読んでいたら自分の名前がでてきて二度ビックリです。



臨床研時代も10年以上も前のことになりますか。懐かしいです。

研究所での寝泊まりはもうカンベンですが。



確かに自分は左右軸研究のさきがけを目撃したわけで貴重な体験だったと思います。あの時点でleftyの存在を知っているのは世界でも数人だったわけですから、ワタクシ自身には関係ないテーマだったとはいえ、諸先生方の興奮は伝わってきました。あの体験も後に発生学に進ませる一因だったかもしれません。



ワタクシはまだRonの隣のラボでポスドクしてます。

こちらの方もかれこれ5年経ちました。

ちょっと煮詰まり気味ですが。



Ronは業績的にずば抜けているだけでなく人格者でも通っています。高名な研究者にはダーティーなウワサもつきものですが、Ronについてはそういう話を聞きません。



あと、ワタクシの名前はあんな字ですが「まさのぶ」と読みます。

へんな名前ですみません。

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