Firenze

旅の思い出

目の前にある塩酸が1Nであることを証明する

2006-03-23 10:22:38 | Weblog
 本日は、科学、医学の事象の証明方法についてお話しましょう。

 私の尊敬する故 山村雄一先生(大阪大学内科学教授、総長)は、食事をご一緒させていただいた時に、いろんなお話をしてくださいました。大阪大学はもともと、緒方洪庵の適塾がその前身ですが、昭和20年代は大阪市の中心部 中之島に位置していました。医学部と理学部が隣合わせに位置し、堂島川をはさんで、附属病院が位置する。山村先生は、理学部で研究をされていました。実験のための氷も、今のようにフレーク状の製氷機等は、もとよりありません。午前中に氷屋さんから届けられたブロックの氷をアイスピックでフレーク状に砕いて、一日の実験が開始となります。ある日、指導をしてくれていた先生が、「目の前に1Nの塩酸がある。これが、1Nであることを証明せよ」と質問されたそうです。

 ちなみに、大阪大学は、台風の通過に伴い、中之島地区が水没。理学部も地下1階に設置してあった装置がすべてこわれてしまいました。そこで、台風の影響を受けない丘陵地帯に移動する話がもちあがります。それが、現在の大阪大学のキャンパス(豊中地区と千里地区)となりました。

 もうひとつ余談。中之島にあった、蛋白質研究所では、昭和20年代に佐藤 了先生が、薬物で誘導される酵素を探すうちに、450nm領域に吸収波長をもつ酵素を発見し、これをチトクロームP-450と名づけました。これが現在の薬物代謝学へと発展してゆきました。

 さて、話かわって、さまざまな病気の原因を調べて、その病気にかからないようにすることは、医学の中心課題といえます。

 その原因解明には、さまざまな手段・方法が用いられます。いちばん卑近な例では、食中毒の原因を探る時の方法です。患者さんが最近どんな食事をしたかを綿密に聞き取り調査します。複数の患者さんの食事について調べると、どの患者さんも、2日前にあるレストランで食事をしていると判明する。であれば、そのレストランで提供された食事に原因となる食材があったにちがいないと推測してゆきます。これがよく知られた方法です。

 では、歴史的にみればどうか。16世紀のロンドンをみてみましょう。ロンドンでは、コレラが流行していました。そこで、なんとかその流行をおさえたい。で、何をしたか。コレラ患者さんの発生場所を地図上にプロットしてゆきました。すると、コレラはある場所では発生しているが、別のある場所では発生していない。2つの地域は何が違うのか。そうだ、違う水を飲んでいる。水が原因だ。ということで、どうやら、水道が関係していることが判明しました。これが、古典的な疫学の手法です。もちろん、当時は、コレラがコレラ菌によって発生することはわかっていない。しかし、水質に問題があることは、わかった。対策はとれる。

 感染症の原因が、原虫、細菌、ウィルス等であることがわかるのは、1860年代以降です。ロベルト・コッホがコレラ菌を発見したのが1883年。ルイ・パスツールが活躍したのが、同じ時代。

 では、例題を考えてみましょう。「日本脳炎は、コガタアカイエカにさされることによって感染するといわれる。では、コガタアカイエカが日本脳炎を媒介することを証明せよ」

 感染症については、「コッホの原則」が知られています。

1)ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
2)その微生物を分離できること
3)分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
4)そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること
の四つからなり、コッホの四原則とも呼ばれる。(Wikipediaから引用)

 さて、日本脳炎の原因はウィルスですから、光学顕微鏡レベルでとらえることはむずかしい。おっと、脱線しました。

 コガタアカイエカが中間宿主であることを証明するんでした。微生物の狩人(ポール・ド・クライフ著、秋元寿恵夫訳、岩波文庫、ただし絶版)を見ると、このような場合の方法論について、くわしく説明してあります。これを読むと、医学がたどった道筋が見えて、非常に興味深いです。一言でいうと、野蛮な証明方法にたよってきたのがわかります。

1)日本脳炎の患者さんから、最近の生活について、くわしく聞き取り調査をします。

2)日本脳炎の発症地域とコガタアカイエカの生息地域を比較します。共通であるような、ないような。

3)ここで、作業仮説をたてます。日本脳炎はコガタアカイエカに刺された場合に発症する可能性が高い。

4)ここからが上記「微生物の狩人」の世界です。日本で同様の調査が行われたかどうかについては、知りません。
 日本脳炎発症地域の住民を非発症地域に移住させます。(Aとします)
 逆に、非発生地域の住民を発生地域に移住させます。(Bとします)
 すると、Aの群からは、もはや日本脳炎は発症しなくなりました。Bの群からは、発症が見られました。
 どうやら、ヒトに原因があるのではなくて、地域に問題があるらしいことが判明します。

5)いよいろ、ここからが野蛮です。
 蚊帳をつります。その中に、コガタアカイエカを多数放します。ボランティアをつのります。ボランティアの方に蚊帳の中で生活してもらいます。

 上記「微生物の狩人」には、別の感染症の例ですが、同様の蚊帳実験を行うくだりがあります。「熱がでてきた」

 これで、本当の日本脳炎が発症すれば、コガタアカイエカが中間宿主であることを疫学的に証明できたことになります。日本脳炎の場合は、実際はどうやって証明したんでしょうか。4)5)の実験をしたとは、思えません。上記の方法論は、ウィルスを直接証明できなかった時代の方法を説明しました。

 本日も、雑駁なお話に終始しました。


 発生と原因の解明についてお話しましょう。ロンドンでコレラが発生していました。

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