Yさんの閑日好日雑記

徒然に、気まぐれに何かが見つかれば

中央本線の思い出(2)

2015年03月29日 | 日記
子供時代から乗っている中央本線は、長い年月を経てスピード化に
車両の進歩は当然であるが、路線の改良工事も行っている。
特に私が良く乗った、高尾―大月間について簡単に検証して見る。

私の子供時代は、浅川駅(現高尾駅)―大月駅間は単線であった。
浅川駅が高尾駅になったのは、1961年(昭和36年)である。
浅川駅から小仏信号所駅(現在はない)間が1964年(昭和39年)に
複線化された。その翌年、浅川駅―相模湖駅間が複線化された。

写真のレンガ造りのアーチ橋は、旧甲州道の日影バス停付近の川に掛けられた
もので1964年以前の単線時代のものである。
子供時代に帰省した当時、このアーチ橋の直ぐ上に線路があった。
このような場所は、高尾駅の近くにも残されている。

浅川駅を過ぎると、中央線の電車線が終わり、長閑な山間部へと線路が
伸びていった。
長い小仏トンネルを抜けると、当時の与瀬駅に列車は進入する。
ここから、大月までは山肌を縫うように線路は引かれ、また幾つものトンネルで
山裾をやり過ごして山岳帯を長閑なスピードで走っていた。

現在は、かさ上げされたレンガ造りのアーチ橋のかなり上に複線の線路が引かれ、
当時とは格段に違うスピードで列車が通過する。
このようなアーチ橋を見ると、ED16形デンカンに牽かれて、ゆっくりと山へと
向っていった頃の中央本線を思い出す。