川越雑記帳2(川越見て歩き)

39-8 赤城神社

 「さらに北進すると、赤城神社と星行院がある。」
 福田共同墓地から北を見ると、農地の向こうにお寺の屋根が見えた。
入間川の土手を左に見て進むと、道は右にカーブして星行院の前に出た。



 その直ぐ向こう側に赤い鳥居があった。鳥居には「赤城神社」の額が掛かっていた。
この額は文字が抜かれている珍しいものであった。



 鳥居の右の建物は、「福田公民館」である。
その前に「福田の獅子舞」の説明板が建っていた。



 鳥居を潜ると、境内の奥に社殿があった。
そばの大きな木が、社殿に影を落としていた。

 「赤城神社は昔から福田の鎮守だったが、明治以後志垂(南山田)、網代(北山田)の各山王社および宿粒(南山田)、向小久保(石原町)などの各八幡社が合祀されている。したがって、氏子も福田のほかに南、北山田の者で構成されている。」



 「境内には、明治41年(1908)の「耕地整理記念碑」がある。」
境内入口の火の見櫓の側に「耕地整理記念碑」があった。。
いままで見た中で、最も小さな耕地整理記念碑である。

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