![]() | 医学と仮説――原因と結果の科学を考える (岩波科学ライブラリー) 価格:¥ 1,260(税込) 発売日:2011-09-17 |
津田敏秀さんの最新刊。
これまで津田さんの本を読んだことない人、最近、あちこちで聞かれるようになった疫学って???興味あるけど、入門書読むのは腰が重たい!ってな人などにはお奨めできる内容。
箇条書きします。
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・ピロリ菌の発がん性についてどのように認定されたか学びつつ、疫学について触れることができる。日本現状と、世界標準の理解との違いも(さらに知識を深めるための入り口となる)。
・WHOの機関である国際がん研究所(IARC)や、発がん物質の基準について知ることができる。
・科学において、因果関係とはなんだろう、と考えるきっかけになる。
・メカニズムを追及することが因果関係の追及だと思っている人は、誤解を解くことができる。
・要素還元主義なるものへの批判は、なんとかホーリズムとか、ホーリスティックなんたらを言う人の言い分であって、それを聞いたら要注意!と思っている人も、そういうのとは関係なく、細分化しないで因果推論を行う科学的な方法があると知ることができる。
・科学者の人は、実は自分が知らない間にその方法類似のことを日々使っていることを自覚できる。
・しかし、科学者(医学者含む)や社会自体に、そういう自覚がないために、日本で起きた悲劇の実例や問題を知ることができる。森永ヒ素ミルク事件、水俣病、和歌山ヒ素カレー事件、タミフル問題……
・著者が「日本の医学部の百年問題」と呼ぶものにちょっと触れることができる。
・科学哲学が現場の科学、科学と接する一般の人たちにどんなふうに「役立つ」か、あるいは「役立たせる」ことができるか、考えるきっかけになる。
・因果推論をする時に、どうしても避けては通れない、ヒュームの問題を知ることができる。
・因果推論をする時に、1対1対応する原因と結果(曝露と症状)は、現実的にはないことを知ることができる。
・因果パイを知ることができる(食べられないけど)。
・DAG(非巡回有向グラフ)という数学の道具を使った因果推論に一章を割いている。これはまだ日本語ではほとんど紹介されていないので、非常にお得である。
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というふうなかんじです。
ぼくが個人的に気になるのは、科学哲学に詳しい人がこれを読んだ時にどう感じるか。
また、科学的な現場の研究者の反応も。
ぼくは科学史・科学哲学出身ということになっていて(間違いなく事実であります)、しかし、あまり哲学よりじゃなかったので、何年か前に、「科学哲学が評判悪い!」と感じた時にこんなことを書いていたり(http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2006/03/post_4584.html)。今読み返すとすでに津田さん提起の問題でもあったわけですね。と同時に、ゲーム脳問題に頭を悩ませていた頃でも。
と、固有の関心を持ちつつ、本書は、あとがきにもあるような「教養書」である部分が大きいのだと思ってはおります。
強くお奨めします。
科学哲学に詳しい人が読んだら、との事ですが、伊勢田さんが感想を書いておられました。
https://twitter.com/#!/tiseda/status/115454417284775937
ここでは内容についての具体的な指摘は無く、私は本書は未読で検討出来ないですが、なにしろ科学哲学者の伊勢田さんのご意見という事で重要だと思いますので、一応ご紹介しておきます。
ひどすぎるというなら、簡単に修正できないでしょうが、この先のために。
TAKESANさま、
伊勢田さんのコメントありがとうございました。実は、あの本で引用している市川さん(科学哲学の人ではない)から、市川さんの「科学の進化する5つの条件」(岩波科学ライブラリー)という本を書いた後、次のような経験があったことを伝えられていました。
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これは日本においてはけしからんことのようで,「科学の進化する5つの条件」も先人の大哲学者の意見に反している,と激しく科学哲学者とおぼしき人(無記名)数人から激しく非難を受けました.
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従って、一応事前に哲学の人からチェックを受けていたものの、科学哲学の方から酷評が来ることを相当覚悟しておりました。今回は記名ですのでいいですね。どんどんお寄せいただいた方が勉強になるし、下世話な話ですが、もしかしがら本の売り上げにも寄与するとお思っておりますので、ありがたい話です。「科学哲学の学生、院生の反面教材として最適」と書き添えていただければもっとありがたいですが。
後書きにもお願いしておりますように、どこそそこのどこが間違いか、ひどいか、もっと詳しくどんどんご批判していただけるのをお待ちしております。
ツイッターで書いたあとで、すぐにでも具体的なコメントをブログに上げるつもりで赤ペンを入れながら読んでいたのですが、道半ばで他の仕事に追われる身になっています。しかし、月末までにかかえている仕事がかたづいたらまたとりかかるつもりです。
ところで、twitterの書き込みは、最初は少しドキッとしたものの、その後は私自身はあまり気にしておりません。しかし、岩波書店の担当者の方は、とても気にしておられ気の毒なくらいです。社内でも話題になっている可能性があり、担当者の方のお立場を案じております。もし可能であれば、上記の旨でも構いませんのでツイッターで修正投稿をしていただければ幸いです。
そんな関係で、担当者の方は非常に気に病んでおられるのです。自分の責任で迷惑をかけたと。
http://blog.livedoor.jp/iseda503/archives/1678778.html
入手の経緯については津田さんが書かれているとおりです。以前に編集の方とやりとりしたことなどもありまして、書店の方から送っていただきました。
わたしとしても、この本は全体としてはいろいろな方に読んでほしい本だけに、科学哲学的な記述については、読む際に参照するような手引きが必要だろうと思ってこういうものを書いています。
クワインの発言についての記述(p.32)は何を読まれましたか?クワインもキャリアの長い人なのでどこかでこういうことを言っているのかもしれませんがちょっと特定できません。ご教示いただけますようお願いします。
あと、今回のコメントには入りませんでしたが、あまりに大きい話題なのでひとつだけ付け足しますと、津田さんのヒュームの問題の解釈は非常に「非標準的」です。81ページで引用されている箇所は、ヒュームが他のところで言っていることとどう整合するのかという意味で問題になる箇所で、ヒュームの典型的な発言ではありません。それで、もし、ヒュームの問題をこのように解釈している文献をごらんになって書かれたのであれば、その典拠をお知らせください。
クワインの発言は「経験主義の2つのドグマ」です。そこを私なりに当てはめたものです。
次のご質問に対して、この部分の引用は、ヒュームの原因の定義であって、ヒュームの問題のことではありません。因果関係を論じるのにまず原因とか結果を定義しておく方が説明しやすいと思い書きました。
「二つのドグマ」でしたら、どちらのドグマも図4とは関係がないと思います。そもそもドグマの名前も分析性のドグマと還元主義のドグマです。物質的対象が神話だというのは彼のかなり強烈な現象主義の表明で、還元主義のドグマに対する批判と無関係ではないにせよ、直接導出できることでもありません。
>この部分の引用は、ヒュームの原因の定義であって、ヒュームの問題のことではありません。
しかし、津田さんのヒュームの問題の説明はすべてここの原因の定義にのっかって展開されています。そのために通常理解されている意味でのヒュームの問題とはだいぶ違うものになってしまっています。