「つくつく日記」

NGO代表、空手家、学校の講師とちょっと変わってる私の日々の雑感をお届けします。

社会化見学「靖国神社へ行こう!」~その3~

2005年07月01日 | 「靖国神社へ行こう!」

遊就館の入場料は一人800円。25人以上の団体だと650円です。参集所を出ようとしたところ、職員の方に「集団参拝をされた方は玉串料500円にあと500円プラスして頂ければ遊就館も見られますよ。」と言われたので、そうする事にしました。神社なのに割引があるのが面白かったですね。

遊就館のロビーには零戦の実物がドーンと置いてあり、見るものを圧倒します。私はフィリピンで特攻隊の慰霊碑を訪れ、特攻隊とゆかりのあるフィリピンの方に話を聞く機会が良くありますので、実物の零戦を見て特攻隊員の姿が目に浮かんできました。隊員たちは、あの狭い操縦席で何を思っていたのでしょうか。



中に入ると、明治維新から大東亜戦争(靖国ではこう表記されていますので、それに習います。)に至るまでの戦争の歴史が展示されています。各戦いの詳細や、武具等。戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争とそれぞれの戦争の作戦の詳細や、局地の戦闘での英雄達の遺品も展示されています。



一般的にみたら戦争博物館・軍事博物館といったところでしょうか。特に、日露戦争には多くの展示スペースが割かれており、白人の植民地支配に立ち向かった戦争であり、この勝利によって多くの有色人種の国が勇気を得たとあります。一般の歴史教科書にはあまり載っていないことですね。日露戦争の事は中国・韓国の教科書には載っていないそうです。

フィリピンの高校生向け歴史教科書「アジアの歴史」には日露戦争についてきちんとかかれており、日本の事をGreat JapanでAsian readerと紹介しています。また、日露戦争の勝利によってアジアやアフリカの国々に独立の気運が高まったとも書いてあります。

その教科書では日本は~という単一的な見方ではなく、時代ごとに整理して書かれており、日露戦争と大東亜戦争はあくまで別のものだと捉えているのが印象的です。少なくとも大東亜戦争前には日本はアジアのリーダー足りえたとなっているのです。

余談ですが、私は1996年に半年間アフリカにいた事があります。そこでも多くの人から日露戦争の事や東郷平八朗の事を聞かされました。東郷平八郎の名前を知ったのはその時が初めてだったのでとても驚きましたし、ケニヤの大学の先生がこんな事を言っていたのを覚えています。

「日本は戦争で唯一白人国家に勝った、有色人種の国だ。アメリカには負けたけれども、有色人種でも白人に負けないんだと勇気を貰った。今は有色人種として唯一先進国に入っているのも日本だ。だから日本と日本人を尊敬する。」

当時、今ほど日本の歴史について興味が無かった私はなんと答えて良いか分からずに戸惑った事を良く覚えています。彼が言った事も歴史の一面だと今は思います。

さて、展示に話を戻します。大東亜戦争のコーナーに行くと、様々な亡くなった方に関するエピソードが遺品とともに展示されています。その中でも「奇跡の椰子の実」には戦争の善悪を超えて感動しました。



昭和19年にフィリピンで戦っていたある日本兵が、フィリピンから祖国の家族への想いを椰子の実に託し流しました。家族と自分の名前を書いて。その方はその後戦死されています。そしてなんと31年間ぶりに椰子の実が地元の浜辺にたどり着き、戦友の手を経て奥様の手元に届いたのです。実物が飾られており、うっすらながら文字を読み取る事もできました。

感動するとともにそんな強い家族愛も持った人たちが自分の意志とは関係なく戦地に行き、戦わなくてはならない。同じように家族がいるフィリピン人やアメリカ人と戦わなくてはならない。そんな状況を作り出す戦争の悲惨を感じました。連れてきた学生達もそれぞれの想いで展示に見入っていました。

展示も終わりに近づくと、靖国神社に神として祀られている方々の写真、約4000点が展示してある場所に近づいて行くのです。

社会化見学「靖国神社へ行こう!」~その2~

2005年06月30日 | 「靖国神社へ行こう!」



午後1時、市ヶ谷駅に集合です。38人ともなると流石に大人数。全員揃ったところで神社に向かいます。市ヶ谷駅から靖国神社までは靖国通りをまっすぐ、10分の道のりです。

神社には正面の門からではなく、南門から入ります。南門の入り口では狛犬が出迎えてくれました。まずは靖国の概要説明と集団参拝をするために、参集所という建物にむかいます。入口横には「NPO法人ACTION様」と書かれた紙が貼ってありました。



参集殿は靖国神社設立130周年記念の時に立て替えられた新しいもので、中は広くとても綺麗です。最初に宮司さんから簡単な説明があり、その後靖国神社の概要に関するビデオを20分ほど視聴する事となりました。小学生向けに制作されてあるビデオだったので、分かりやすく靖国神社の歴史が説明してありました。



靖国神社は1869(明治2)年、明治天皇の意志によって、戊辰戦争での官軍の戦死者らを弔うために建てられました。当初は東京招魂社という名前で、10年後に靖国神社と改称されます。「靖国」とは「国を安(靖)らかにする」という意味をこめて明治天皇が名づけました。

靖国神社の「神」は、戦死や戦病死した軍人・軍属と、それに準じる人々。明治維新に貢献した坂本竜馬や吉田松陰らも祭られています。西南戦争で賊軍となった西郷隆盛や会津藩の白虎隊は祭られませんでしたが、後年敷地内に慰霊碑が建立されています。ただ、その西郷隆盛や白虎隊等に関しては説明の中では触れられていません。

新たに戦死者が出るたびに「祭神」に加える合祀の手続きがとられ、現在は250万人近い人たちがまつられています。基本的には天皇のために亡くなった軍人や軍属を祭る場所だと言う事でしょう。



ビデオを視聴している間に遺族会の方々が参拝をしに私たちの横を通り過ぎていかれました。人数にして70~80人でしょうか。通り過ぎる時に私たちを不思議そうに見ていたのが印象的でした。本当は説明をして色々お話を伺いたかったのですが、、。

本殿に参拝するにあたり、一人500円の玉串料を集めます。そして参集所から本殿へと続く廊下の入口で口と手を清めます。そこで38人が私を先頭に4列に並びます。そこから長い廊下を渡って本殿へ。

本殿の横では宮司さんによるお清めがあります。その後、本殿へ参拝です。全員が本殿にあがった後、私が神前に玉串を置き、2礼、2拍、1礼を全員で行います。そして退出。それだけでした。神道なので、念仏を唱えたりはしませんし、通常神社に行った時と同じと言えばそうなのですが、「靖国参拝」というイメージが先行していたせいか、多少拍子抜けした感もありました。通常の参拝では拝殿までしか入れないそうです。



私は特に何教徒というわけではありませんが、神社の持つ独特な雰囲気を感じましたし、ここがまさしく小泉さんが参拝をしている場所で、その事がこれだけ大きな問題になっている事を思うと、不思議な感じがしました。

参拝をしたこと自体はひとつの神道における儀礼的な事で、なんら特別な事ではありません。しかし、それが靖国神社という場所だと他の政治的、歴史的意味を持つ。そんな場所に自分がいる事が不思議だったのが率直な気持ちです。

参拝をしているときは、フィリピンで色々な形で縁のあった日本兵の方々や、12年に渡り支援をしているジャイラホームという孤児院の土地は、もともと日本軍の駐屯地だったため、そこで亡くなったであろう方々。多くの日本兵との良い思い出を話してくれたフィリピンのおじいちゃんやおばあちゃんの事が頭に浮かびました。

参拝を終え、参集所に戻る時には一人づつ本殿のほうを向いてお神酒を頂きました。さて、これから靖国神社付属の遊就館見学へと向かいます。


社会化見学「靖国神社に行こう!」~その1~

2005年06月28日 | 「靖国神社へ行こう!」

つくつく社会化見学第一弾 靖国神社へ行こう!

タイトルにある「社会化見学」という漢字を見て、漢字が間違っているよと思った方は多いのではないでしょうか。実は間違っていません。社会科見学ではなく、社会化見学なのです。




社会の課題や問題をテレビや新聞の報道だけで捉えるのではなく、それが自分にとってどういう問題であるのかを捉える。自分と社会の関わりを考えると言う事は、ある意味自分を社会化しなくてはなりません。その為に様々な場所を訪問しようと言う事であえて「社会化見学」と名づけたのです。

ACTIONの学生が様々な企画をしていくなかで、そのやる気に触発され、私自身による企画をしようと思い立ちこの「社会化見学」を思いつきました。そして、その記念すべき第一弾は「靖国神社訪問ツアー」です。

私が生まれたのが1976年。その2年後の1978年にA級戦犯と言われる人たちが靖国神社に合祀されました。それ以降、様々な形で政治の表舞台に登場し、最近は靖国という言葉が新聞やテレビに出ない日はありません。

私自身は靖国神社に行ったことがあったのですが、まわりの学生に話を聞くとそのほとんどが行った事がないと言います。でも、靖国神社に対して興味はあるようなのですが「右翼がいそう」「気軽に行けなそう」「一人では怖い」などの理由で行けないということです。

じゃあ、俺が連れて行くから行きたい人は一緒に行こう!とACTIONの掲示板に案内を出しました。最初、10人ぐらい集まって、遊就館という博物館や境内を案内すればよいと気楽に考えていました。しかし、集まったのは38人!茨城や大阪からも申し込んでくれました。小学校一クラスと同じぐらいの人数です。

これだけの学生が集まるという事に、靖国に対する世間の関心の高さが伺えました。それだけ集まると、単に境内を回って「はいおしまい」というわけにはいきません。そこで、靖国神社に連絡をして事情を説明し、神社の概要説明と集団参拝をさせて貰う事になりました。

そして、参拝のあとは市ヶ谷駅近くの会議室を借りて、靖国神社に関してのディスカッションを行う事にしました。靖国神社訪問は6月26日。さて、靖国神社を初めて訪れる靖国神社に学生達はどんな感想を持つのでしょうか。