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私の昭和史(十)―秋祭り/白い花の咲く頃(76)[詩人・伊藤冬留のエッセイと画人・高見乾司の風景素描によるコラボ]

2020年09月09日 | Weblog
私の昭和史(十)―秋 祭

伊藤冬留

 今年(平成28年)の台風は珍しく北海道に3個も上陸して大きな被害を与えた。私の故郷も被害を受け全国ニュースになった。友人からの手紙では、私達が通学した小中学校裏の通称《神社の川》の橋が通行中の車もろとも押し流され(運転していた人は後日下流で遺体で見つかった)、9月恒例の秋祭は神輿が通れないので中止になったという。
 当時人口1万人程の町に唯一の神社の秋祭は、町最大の年中行事だった。祭が近づくと、日頃はごく普通に見える近くの民家から笛と太鼓が鳴り始める。そこには長い白髭の老人がいて、宵宮になると白い袴に衣装を正し、打ち鳴らす太鼓の脇に立って笛を吹きながら神社に向かって行った。それは毎年変わらない風景だった。
 祭本番の日は、神社本殿で神官が祝詞をあげた後、神輿は長い急斜面の石段を下り、赤い橋を渡って街に繰り出して行った。
 それとは別に子供たちの樽神輿があった。私も一度だけ法被姿で樽神輿を担いだことがある。そのとき大人の人が、祝詞をあげると神様が乗り移って、神輿は重くなるぞ、と言ったのを覚えている。実際担いでみて重くなったような気がしたものだ。
 祭の日、町の目抜き通りには屋台や露店が並んだ。売られたものはアイスキャンデー(人工甘味料を混ぜた水を凍らせただけのもの)、綿菓子、お面、その他輪投げや射的、金魚掬い、ガマの油売り等、いま考えれば全国どこの祭でも見ることのできるものは一通りあった。その中でも記憶に残るのは乾燥バナナ売りである。今日見るチップ状のものではなく、剥いたオリジナルをそのまま干したものだった気がする。「旨いじゃないかいな、乾燥バナナ」の口上で売っていた。
 高校生になると、友人同士でお互いの町の祭巡りをした。後年全国の幾つかの祭りを見に行ったが、目を瞑り思い返すのは、やはり子供の頃の故郷の秋祭である。

2016年9月20日 執筆


「神楽笛が聞こえる」 墨彩 37㌢×40㌢
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