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真夏の南阿蘇を歩いて考えたこと/ 南阿蘇:ギャラリー・カフェ杜(もり)にて[神楽を伝える村へ<3>]

2020年08月03日 | Weblog

・「ギャラリーカフェ杜」遠景。隣接する三角屋根は地区の農業倉庫。



広大な阿蘇南外輪山の山中に点在する村は、阿蘇盆地がまだ湖だったころ、この地に住んでいた人々の拠点がそのまま残ったのではないかと思わせるほどに古びていた。
その草原と森に抱かれた幻の村をさ迷うような走行の後、会場に到着。
このギャラリー・カフェは、半年ほど前に開設された。
オーナーは上野益子さん。
ご主人の実家の跡地にこの建物を建設し、ギャラリー・カフェとしたものだ。上野さんご夫婦は、お二人ともこの地の出身者で、ご主人の定年後は二人で故郷に帰る予定だった計画を早めて開設した。現在は益子さんがお一人で運営している。ご主人は半年後に合流する予定という。展示の様子や来客とのやり取りなど、逐一、メールで報告している益子さんの姿が微笑ましい。




会場にはすでに来客がいた。世の中は、コロナウィルス蔓延で沈み込んでおり、近隣の人吉・球磨川流域は未曾有の洪水被害の復旧過程にあるなかで、着実にこのような施設に足を運ぶ客がいるということがありがたく、嬉しい。
第一次世界大戦のさなかのヨーロッパのある都市で、小さな美術館を一人で守っている老夫人の話をある雑誌で読んだたことがある。その女性は、亡き夫の遺作と遺品を展示した美術館を運営しているのだが、戦時中のことであるから、客はめったに来ない。それでも彼女は言う。
「このような非常時だからこそ、たとえ一日に一人でもこの美術館が必要と思って下さる方がいるならば、その一人のお客様のために私は開館しておくのです」
静かな空間を守り続ける老婦人と絵の前に佇む一人の客。
ここに美術館(博物館・ギャラリー等を含む)の真髄があり、もっとも大切にすべき核心がある。







客は、地元の写真愛好家のグループだった。このギャラリーの開設と運営に助力している地元の写真家・長野良市氏との連携の良さが良くわかる。神楽に対する興味も関心度も深く、質問は多岐にわたり、画論にまで及んだ。ここに「展覧会」を開催することの意義と価値がある。




真夏の午後の陽射しを浴びながら、すぐ近くにある南阿蘇鉄道「阿蘇白川駅」まで歩く。
駅周辺には、古い民家や軒先に商品を並べている昔風の酒店、アンティークショップ、服飾のギャラリーなどが点在している。手軽な散歩コースである。




この駅舎は、25年ほど前に企画された「陽の長い一日の村美術館」という地域美術展の会場の一つになった所だ。長野さんの要請により私が発案し、二人で協力しながら実施した企画だった。「陽の長い一日の村」というネーミングは当時の「長陽村」をひねったものでかなりの評判をとった美術展だったが、広域合併などにより、終幕した。が、その後高森町で実施されている「阿蘇アート&クラフト」などにその理念は引き継がれ、沿線の駅舎も小さなカフェとして運営されて、地元の創作家たちの作品が展示されている。長野さんの地道な活動が地下水脈のように浸透し、生き続けていることがわかる風景である。



誰もいないし、誰も来ないと思っていた駅舎周辺に人が集まりだした。
まるで絵本の中から走り出してきたような、小さな列車が通り過ぎて行ったのだ。
地震で崩落した熊本・阿蘇間の鉄道はまだ復旧してはおらず、列車は、一部の運行だというが、客はちゃんと乗っており、乗客の子どもたちと田の畔に立つ地元の人とが手を振り合う姿もみられた。この路線の完全復旧は2年後になるという。その時が楽しみではないか。それまでに駅周辺に点在する小さな拠点を整備し、展示計画をしっかりと組み立ててゆく作業を続ければ、この南阿蘇鉄道沿線は、一級のアート空間となるべきフィールドである。
「ギャラリー・カフェ杜(もり)」がその拠点の一つとして機能すれば、「コロナ以後」のアート活動と地域再生の手法も見えてくるだろう。
宮崎と由布院を行き来する旅の途上で、私の立ち寄るべき拠点がまた一つ増えた。





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