WALKER’S 

歩く男の日日

31日目 民宿八十窪~バス停鳴門西

2017-08-11 | 17年四国の旅


 二人は車でバス停まで送ってもらう、1番まで電車で戻るようです。1番の売店で納経帳を買ったから、戻らなきゃいけないものだと思っていたようです、方々で1番で2回納経するようになっているのは1番で売っている納経帳だけだと後から知らされた、でもそのページを埋めないのも気持ちが悪いので電車で戻ることにした、車を見送るときに若女将に来年は逆打ちなので1番に来ますと約束する、これで3つの宿で来年来ると言ってしまったから、何としても来るよう努力する。


 宿を6時38分に出発、10番ではまだお参りしていないので、県道2号を南下しています。この陸橋は地図の11.4km地点から400m南下したところ、川を渡るとすぐです。この陸橋には赤線はなく、赤点線はもう200m先で左に入るのですが、前々からここに来るたび犬墓大師堂が気になっていて、大師堂に行くにはこの陸橋で左に入るしかありません、外にも道はあるけどかなり遠回りです。宿からここまで11.8kmを108分で来たから時速は時速は6.5kmです、新しいトンネルもできたから距離は少し短くなってるでしょうね。


 陸橋を渡る、


 2分でちゃんとした道に合流、出たところの道も赤線はありません、赤点線は大師堂の前を通らない。


 さらに1分で大師堂に到着、ちゃんとお大師さんも居られます。

 こちらが大師堂、おばあちゃんがいたので、ここに来るお遍路さんはいないでしょう、と訊いたら、そんなことはないよ、この間も錦の札を置いていったお遍路さんがいたよ、と教えてくれました。江戸、明治の時代は10番の方へ戻る人はいなかったようだから、こちらの道は全部遍路道ではなかったともいえるけれど、そういう超々ベテランのお遍路さんが来るのであればここはもう現代の遍路道と言えるでしょう。


 大師堂の前からの道です、


 大師堂から300mほどで突き当たって左折、赤点線の道にここで合流、赤線はこの右から来て左へ行く、


 赤線の道だから行政の矢印が、赤線の道を来ても600mほど寄り道すれば大師堂へは行けることになります、ぼくは結局この手前の赤線を歩き残したことになります、毎度締まらない話です。


 矢印、


 向こうのガードレールの下に川が流れています。


 川を渡ります、


 川を渡って上の道に合流するところです、へんろ地図には大北通学橋と書いてありました。


 川沿いの道に上がったところに行政の矢印、


 90mで左上の道に上がっていきます、


 2分ほど来たところ、


 前の写真から12分、少し遠回りですが、気持ちよく安心して歩ける道です、なぜ今までこちらに来なかったかと思うくらいです、この赤線は昔の人が歩いたということではなくて、県道を行くより安心して歩けるから付けられた、と思われます。


 切幡寺まで5km、古い矢印はほとんど見かけないから、このシールが貼られたときに剥がされていったと思われます、


 宿を出てから2時間20分、徳島自動車道の下を抜ける、地図では14.4kmだから時速は6.2kmくらいです。


 ずっと県道を来る道との合流ポイント、ここからは何度も歩いた道になります。


 合流ポイントの生き残った矢印、ここに貼るシールがなかったから剥がされなかったのでしょう。


 そして県道に合流、


 2時間54分で10番札所切幡寺に到着、県道の道のベストより15分ほど遅かったのですが、次回からももちろん脇道の方を行きます。

 境内には歩きの人は見えなかったのですが、10時30分、山門を出ると、すぐ登ってくる人に出会いました、7番あたりから出るとこの時間になりますが、11番から先には行けないからずいぶん時間を余らせることになるでしょう。
 もう5月の半ばというのにその後も次々歩きの人に出会います、10人くらいの歩きツアーの人たちを含めて27人の歩き遍路さんに出会いました。
 安楽寺を出て県道12号の交差点を横断しようとしたら、10mほど左の県道脇に立っているお遍路さんがいて、あんなところで何をしているのかと気になって声をかけようかと近づいていくと、バス停でバスを待っているだけでした。なんだ、と声をかけずそのまま行きすぎて久々に県道を行くことになってしまいました、この道を歩いたのはおそらく最初四国に来たときだけだったと思います、
 この偶然のおかげで1kmほど進んだところで出会ったのがフランスのマリクレール・ヴィダルさん、挨拶をしてそのまま行き過ぎようとしたのですが、何となく立ち止まって話をすることに、彼女は日本語が話せました、ぼくの名刺を見て名前を読むこともできました、一巡を終えて今日は安楽寺の宿坊に泊まる、彼女は全部に宿に泊まりますが次回は通夜堂にもぜひ泊まりたい、そして次回は無理だけどその次には絶対逆打ちをしたいと熱を込めて語ります。聞くこと全部が驚きで感動してしまいました。もう後は1番でお参りしてバスに乗るだけと思っていたところにこの出会い、今年はきついことも何回かあったけれど、その何倍も良い出会いがありました、昨年も充実していたけれどはっきりそれ以上だと言えます。最後の最後でまた来年の楽しみが一つ増えました。


 1番霊山寺もきちんとお参りしたのですが撮影は忘れてしまいました、最後ヴィダルさんに会えたことでもう意識は来年に飛んでいるかのようでした、
 鳴門西PAに着いたのは14時50分、今年は余裕をもってトイレにも行けるしアクエリアスも買うことができました、これが1067枚目、今年最後の写真です。
 これにて、2017年四国の旅完了です、長々お付き合い頂いた皆様、本当にお疲れさま、そしてありがとうございました。


30日目 民宿八十窪にて

2017-08-11 | 17年四国の旅


 16時28分、例年より30分から1時間遅れで、88番札所大窪寺の門前にある民宿八十窪に到着しました、大窪寺よりもこの宿に帰ってくることが結願という感じがしないでもありません。食堂の窓からこちらの方を見張っていた大女将が出迎えてくれます、いつものように、何回も来てくれてるね、と言われて、お遍路は11回目こちらの宿は10回目ですと答える、それだけ来てくれてたら覚えているはずだわ、これもいつもの受け答え。ぼくが最後ですか、と訊くと、大きくうなずく。志度からだとすごくゆっくりな人でも、15時くらいには到着できます。八栗からだと時間はかかりますが八栗に宿をとる人は少ない、Tさんも田尾さんも八栗だったけれど翌日は長尾でした。

 2回目の人が一人、あとの3人は初めてのようでした、ぼくの左に座った二人はもう何軒かの宿で一緒だったのか知り合いのような感じです、ビジネス旅館小松には電話をしたけれど連休中だったので満室、やむなく鈴に宿泊したそうです。おそらくぼくが泊まった2日前の5月6日、だとすれば、新居浜、三島、民宿岡田、ということになってやはり雲辺寺の手前まで3日かけています、想像以上に新居浜で区切る人は多いようです。
 右隣の人は初めてで何処まで歩けるか、何時頃に着くかが読めなくて、宿をとるのに苦労したといっています、余裕を持たすと早く着きすぎてしまう。
 大女将が話しているのをニコニコしながら聞いているだけでほんとうに幸せです、この幸せを味わうために、また明日から準備を始めることになります、明日は10番と1番のお参りが残っているから、明後日からというのが正確ですが。

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