尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

埼玉等の教員「早期退職」問題

2013年01月23日 20時27分29秒 |  〃 (教師論)
 埼玉県で1月末に110人の教員が「早期退職」するという記事が出て、問題があるかのように語られている。部活の問題を書く前に、ちょっとこの問題を。ただし何かの主張をしたいわけではなく、事実を確認して事態の本質を確認したいという「頭の体操」である。この問題は、埼玉に限らず徳島、愛知、兵庫、佐賀など各地で同様の事例があり、中には警察署長が早期退職したところもあるらしい。徳島には教頭が退職して、3学期中は教頭不在になる学校があるとニュースが伝えていた。

 さて、このような事態が起こったのは「退職手当削減」の条例改正が行われ、2月1日から施行されるということがある。2月、3月の給与を貰っても、1月末日に辞めた時に支払われる退職金を貰う方が多くなるということである。給料がいくらか、各種手当がいくらかは人により違うけれど、おおむね70万程度は違っているという話である。そのため、埼玉では110人ほどが早期退職の予定で、これは3月末に定年を迎える教員の1割程だという。なお、このうち約20人が学級担任だという。

 さて、これをどう考えるかだが、「1月に辞めれば退職金が高い」という条例を作った以上、「1月末までに辞めれば退職金が高くなるという条件で希望退職を募った」というのと同じである。ところが、それで辞めるのは1割しかいないで、9割は辞めない。それは何故か?「110人も辞める」のではなく、これほど条件が違うのに圧倒的に辞めない教員の方が多い

 それほど教員は責任感が強いのか。一端受け持った授業や学級担任を年度途中で辞めるということに、抵抗感があるのか? それもあるだろうけど、辞めない理由は違うだろう。それは3月末に辞めた後に、再任用、再雇用教員として働き続けたいと思っているからである。年度途中で退職した場合、非常勤講師や産育休代替教員にはなれるけれど、必ず職があるとは限らない。一方、再任用、再雇用職員の場合は、(都道府県によって待遇は違うと思うけれども)、事実上5年程度の勤務をすることになるだろう。これは3月末まで勤務しなければ、採用されない。そこまで考えれば、退職金が削減された以上の生涯賃金を得ることになるから、経済合理性の点では今は辞めないという選択になる。

 つまり、この辞めると決めた110人というのは、その後は学校に残らないという人なのだと思う。そこには様々な意味があるだろうが、それでも1月末に辞めるというのは、「行政への抵抗」と言うことだと思う。「どうだ、辞めるか」と問われて、「金だけのために教員になったわけではない」と答える道もあるが、「辞めろというなら辞めます」というのも一つの抵抗である。行政当局が早期退職は困ると言うなら、条例施行を4月からにするはずだから、これは行政として「人件費削減の方を優先して、早く辞めさせる」と言う方針を取ったことを示している。「一つの抵抗」という言い方はおかしいかもしれないが、逆に考えて「誰も辞めなかった」としたらどうだろう。行政当局は、もう教員は何をしても「言いなり」だと考えるに決まってる。だから、この機会に辞めてしまうくらいしか抗議の手段がないのである。

 これに対して「残念」と言う声と「責められない」と言う声が載っているが、どっちもおかしい。県としては、2月、3月の賃金を払わなくて済むので、早期退職は行政の人件費抑制に協力していることになる。そっちを優先して早く辞めてもらって結構というのが、2月から削減という政策だから、早期退職者は行政の方針(事実上の希望退職募集)に応じているだけで、批判されるいわれがない。年度途中で辞めるのかという主張は「言ってはいけないこと」である。いつ退職するかは個人の自由で、それは働いた経験がある人なら判るだろう。退職したいのに辞められないというのでは、いよいよもって学校は「ブラック企業」と変わらないことになる。急に辞めるのではなく、たぶん昨年末までくらいだと思うが、事前に申し出ているはずで誰も批判できない。「担任が途中で変わってはいけない」と言われると、産休や病気休職を取れなくなる。実際にそういう批判をする保護者がいる場合もあるが、それは「言ってはいけない」ことだと思う。途中で変わると言っても、3月には退職予定なんだから卒業担任ではないんだったら、卒業前に途中で変わることには変わらない。ただし、卒業担任だったら、また話は違う。その場合はやはり最後までやりたいのではないか。

 ところで、一番の問題は退職金ではないだろう。そもそも退職金削減を行うなら年度替わりにするのが常識で、そんな配慮もない行政に傷ついたということだと思う。50代以上の教員のほとんどは、辞めてもいいなら辞めたい人ばかりだろう。この間、教育行政に振り回されてきて、つまらない事務ばかり増えているのに、何かにつけ教師が悪いと責められ続け、子どもの学費や家のローンなどの問題さえさければ、早く辞めて「自由」を実感したいという人も多い。退職金削減は確かに大きいが、それを2月からにするという「早く辞めてみろ」的な行政のあり方が、最後の「トリガー」(ひきがね)になったのだと思う。そういう行政への不信の声を感じられる人がいないことが問題だろう。

補記・東京はどうなってるのかと思ったら、1.24付東京新聞によると、1月から削減が適用になるのだという。そもそも「定年退職」の意味も違っているらしい。「60歳を迎える年度の年度末」の退職が「定年退職」ということになっているらしい。それ以前に退職する場合とでは支給率が変わるらしい。自分の時もそうだったのか、忘れてしまったけれど。何月から適用するかは、周知期間も必要なので議会の日程、労使交渉の様子などで変わってくるはず。3カ月分の給料を放棄するとなると、ほとんど金額的には差がないことになるだろう。それもおかしいと思うけれど。 
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-01-26 11:41:27
責任転嫁をみんな教員にしたがる。
やめたら、すぐ再任用で担任に残れる。

自分の失政を、教員の信用失墜行為とよくすりかえられたものだ。

マスメディアが政治の道具と化しては北朝鮮と同じである。

優秀な若者に言いたい。
教員には長い目で見たとき、絶対なるものではない。
昔、15年前と違う。
後悔する。

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