10月10日付朝日新聞の社会面トップに、「教員免許うっかり失効 更新講習受けたのに手続きせず」という大きな記事が掲載されている。記事そのものを載せておく。長い記事なので、上下に分かれてしまった。途中で重なる部分がある。

東京都で失職が相次いだことは、このブログで随時報告してきた。今回の記事で、東京、大阪、千葉で私立の失効例があることがわかった。今回の東京の失職事例は、いずれも「申請がいるとの認識を持っていなかった」と書いてある。にわかに信じられない事態である。本人に認識がなくても、管理職が判っていれば申請を確認するはずなのだから。だから「管理職の責任」がかなり大きい。
単に申請を忘れただけなのだから、失職した後に申請を済ませて、もう免許は復活して臨時教員などで再雇用されている。では、この「失職」という事態は一体何なのか。教師に対する嫌がらせなのか?そう、「教師という仕事」に対する嫌がらせなのである。他に考えられない。
「申請を忘れて失効する『想定外』(文科省の担当者)の事態。関連法にも救済策はない。」この問題については、前にすでに書いたので繰り返しになるが、大事なことなので、もう一回書いておきたい。僕は「年度内に失職者が出ること」は確かに「想定外」だったろうと思う。しかし、「申請忘れで失職する」という仕組み自体は、そういう風にわざわざ作ってあるんだから「想定外」のはずがない。免許更新申請の期限は、1月31日である。なんで3月31日ではないのかというと、2月以後は新規大卒者に対する新免許交付の事務があるからである。と同時に、現職者の更新確認期間が必要だからだろう。現に第1回(2011年)は、熊本県で2月になってから更新をしていないということがわかり、退職か失職かを迫られている。そういう事態になったのは、熊本県教委に責任があるが、それはそれとして2月以後の確認作業の結果、「新年度が始まってからの失職」という事態は起こらなかったわけである。
今年「想定外」だったのは、その確認作業をさぼっていたふざけた教育委員会があったということである。もっとも東京都は大学が多いから新規免許交付者が多く、事務が相当大変なことは考えられる。しかし、更新制では免許の確認は、都道府県教委の責任で行うしかない。それを怠っていた責任は大きい。
ところで、今回の記事でも「免許期限だった前年度末にさかのぼって失職した」と書かれている。しかし、(これも前に書いたことだが)、3月31日には免許が有効である。3.31に失職するいわれはない。4月1日になると、確かに申請していないと失効する。だから「4月1日付で失職」なら理解できるのだが、「3月31日にさかのぼっての失職」は法的におかしいのではないか。
また、免許失効が明らかになるまでは普通に勤務していたのに、突然「3月31日付にさかのぼって失職」ということがありうるのか。それができるのなら、「1月31日にさかのぼって、免許更新申請を受け付ける」ことにすればいいのではないか。これは夏に文科省に直接ただす機会があり、検討するということだったがどうなんだろうか。
もちろん、この更新制そのものがいらない。また、更新講習を受けた後に申請しないと更新されないというあまりにも面倒で、教育のジャマとしか思えない仕組みもいらない。でも、たぶんなくならない。この記事でも「予防策」とか言っていて、仕組みを変えるとは言ってない。何でだろうか?それはこの更新制度が、「教員免許は私的な資格である」ということを徹底させる目的があるからだと思われる。「教育は私的なサービス」であり、「公教育を破壊していく」という大きな目的の一環として、「教員免許を有期制にして、教師の権威を落とす」ということなのだろうと思う。
「教師という仕事」の魅力をなくし、公教育をダメにしていくというプログラムは、すでにかなり成功を収めている。全国学力テストに対する教員の抵抗はほとんどできないし、いじめ事件が起これば教師が悪いというキャンペーンが行われる。当然教師になりたい人は少なくなるだろう。今回のいじめ問題では、もう教師がダメなのは放っておいて、「教育委員会制度そのものを解体せよ」というキャンペーンが行われている。それは教育委員の公選制度を復活させ住民参加を進めようというような方向ではなく、選挙で当選した政治家が好きなように教育制度を変えられるようにする、という意味らしい。まあ、そういう大きな問題、あるいはなぜ更新制度はなくせないのかなどは、明日以後に。
東京都で失職が相次いだことは、このブログで随時報告してきた。今回の記事で、東京、大阪、千葉で私立の失効例があることがわかった。今回の東京の失職事例は、いずれも「申請がいるとの認識を持っていなかった」と書いてある。にわかに信じられない事態である。本人に認識がなくても、管理職が判っていれば申請を確認するはずなのだから。だから「管理職の責任」がかなり大きい。
単に申請を忘れただけなのだから、失職した後に申請を済ませて、もう免許は復活して臨時教員などで再雇用されている。では、この「失職」という事態は一体何なのか。教師に対する嫌がらせなのか?そう、「教師という仕事」に対する嫌がらせなのである。他に考えられない。
「申請を忘れて失効する『想定外』(文科省の担当者)の事態。関連法にも救済策はない。」この問題については、前にすでに書いたので繰り返しになるが、大事なことなので、もう一回書いておきたい。僕は「年度内に失職者が出ること」は確かに「想定外」だったろうと思う。しかし、「申請忘れで失職する」という仕組み自体は、そういう風にわざわざ作ってあるんだから「想定外」のはずがない。免許更新申請の期限は、1月31日である。なんで3月31日ではないのかというと、2月以後は新規大卒者に対する新免許交付の事務があるからである。と同時に、現職者の更新確認期間が必要だからだろう。現に第1回(2011年)は、熊本県で2月になってから更新をしていないということがわかり、退職か失職かを迫られている。そういう事態になったのは、熊本県教委に責任があるが、それはそれとして2月以後の確認作業の結果、「新年度が始まってからの失職」という事態は起こらなかったわけである。
今年「想定外」だったのは、その確認作業をさぼっていたふざけた教育委員会があったということである。もっとも東京都は大学が多いから新規免許交付者が多く、事務が相当大変なことは考えられる。しかし、更新制では免許の確認は、都道府県教委の責任で行うしかない。それを怠っていた責任は大きい。
ところで、今回の記事でも「免許期限だった前年度末にさかのぼって失職した」と書かれている。しかし、(これも前に書いたことだが)、3月31日には免許が有効である。3.31に失職するいわれはない。4月1日になると、確かに申請していないと失効する。だから「4月1日付で失職」なら理解できるのだが、「3月31日にさかのぼっての失職」は法的におかしいのではないか。
また、免許失効が明らかになるまでは普通に勤務していたのに、突然「3月31日付にさかのぼって失職」ということがありうるのか。それができるのなら、「1月31日にさかのぼって、免許更新申請を受け付ける」ことにすればいいのではないか。これは夏に文科省に直接ただす機会があり、検討するということだったがどうなんだろうか。
もちろん、この更新制そのものがいらない。また、更新講習を受けた後に申請しないと更新されないというあまりにも面倒で、教育のジャマとしか思えない仕組みもいらない。でも、たぶんなくならない。この記事でも「予防策」とか言っていて、仕組みを変えるとは言ってない。何でだろうか?それはこの更新制度が、「教員免許は私的な資格である」ということを徹底させる目的があるからだと思われる。「教育は私的なサービス」であり、「公教育を破壊していく」という大きな目的の一環として、「教員免許を有期制にして、教師の権威を落とす」ということなのだろうと思う。
「教師という仕事」の魅力をなくし、公教育をダメにしていくというプログラムは、すでにかなり成功を収めている。全国学力テストに対する教員の抵抗はほとんどできないし、いじめ事件が起これば教師が悪いというキャンペーンが行われる。当然教師になりたい人は少なくなるだろう。今回のいじめ問題では、もう教師がダメなのは放っておいて、「教育委員会制度そのものを解体せよ」というキャンペーンが行われている。それは教育委員の公選制度を復活させ住民参加を進めようというような方向ではなく、選挙で当選した政治家が好きなように教育制度を変えられるようにする、という意味らしい。まあ、そういう大きな問題、あるいはなぜ更新制度はなくせないのかなどは、明日以後に。







