尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ハンガリー映画「心と体と」

2018年05月12日 21時54分54秒 |  〃  (新作外国映画)
 ハンガリー映画の「心と体と」という不思議な映画が公開されている。2017年のベルリン映画祭金熊賞、2018年の米国アカデミー賞外国語映画賞ノミネートという作品で、じゃあ凄い傑作かというと、むしろ不可思議な感触が残り続ける映画だった。1989年に「私の20世紀」という映画が評判を呼んだ女性監督、エニェディ・イルディコーの作品で、21世紀になって初の長編劇映画である。

 ブダペスト郊外の食肉処理場で、産休代替の食肉検査官がやってくる。大学出たての若い女性で、上司も気を遣うがコミュニケーションが苦手なタイプのようだ。それどころか、普通なら問題のない牛肉にどんどんBランクの判定を下すので、杓子定規ぶりに皆が困ってしまう。聞いてみると、脂肪が2ミリ多いと言う。そんな職場の様子が描かれるが、冒頭は冬の山で雌雄2頭の鹿が歩いているシーンである。時々そのシーンが出てくるが、これは一体なんなんだろうか。
 (夢のシーン)
 ある日、牛の交尾薬が盗まれた。人間に使えば媚薬になるらしい。警察が捜査するが、人的被害もないから警察も力を入れず、全職員のカウンセリングを勧めてくる。その精神科医がグラマーな女性で、また性的な質問ばかりをしてくる。そんなんで何か判るのかと思うが、それはともかくそこで不思議なことが判る。片腕が不自由な上司エンドレが見た夢を聞かれて、先ほどの鹿のシーンはその夢だったである。そして女性検査官のマーリアも夢を聞かれるが、同じ夢を見ているらしい。不思議なことに二人は全く同じ夢を共有していたらしいのである。
  (エンドレとマーリア)
 エンドレはかなりの年だけど、離婚して一人暮らしらしい。同じ夢を見てると判れば、お互いに意識してしまうわけだが、人付き合いの苦手なマーリアと、はるか年上で手も不自由な上司エンドレ。この二人に現実的な愛は可能か。映画は危うい人間関係を描いてゆくが、この女性マーリアは明らかにASD(自閉症スペクトラム障害)である。マーリアはエンドレに言われた言葉をすべて記憶しているし、食肉に関する法的規則を全部覚えている。これらはASDに多く見られるサヴァン症候群と考えられる。「レインマン」みたいに一部の分野に驚異的な記憶力を示す人々である。

 ASDは学習能力に問題はない場合が多く、マーリアも大学を出ている。でも日常の人間関係には相当の不自由さが見られる。食肉処理場で検査をするというのは、あまり人と関わらないで済むし、規則を適用していればいいわけだから自閉症傾向の人には向いている。そんな資格を身に付けたのは幸運だった。しかし、違う人がまったく同じ夢を見ることはありえないから、そういう超常現象を描くファンタジーになる。非常に美しい夢で心に残るけれど、その意味はよく判らない。なんか不思議な映画だけど、ASDという視点を入れると判ってくる感じがする。

 ハンガリーはポーランドやチェコほどじゃないけど、優れた映画を多く生んできた。最近もタル・べーラの「ニーチェの馬」(キネ旬1位)やアカデミー外国語映画賞の「サウルの息子」などが評価された。日本の歌謡曲を生かした変な映画「リサとキツネと恋する死者たち」というのもあった。老人版「俺たちに明日はない」と言われた「人生に乾杯!」という映画もある。ハンガリー事件を背景にしたメルボルン五輪のソ連との水球試合を描く「君の涙ドナウに流れ ハンガリー1956」というマジメな映画もあったけど、どっちかというと不思議な感覚で作られた映画が多い。「心と体と」もそういう系譜かな。
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