尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

石神井公園散歩

2016年11月05日 23時10分33秒 | 東京関東散歩
 東京ではいま「文化財ウィーク」という期間。石神井城が公開されているので、石神井公園に散歩に行ってきた。「石神井」は「しゃくじい」。東京の人なら大体読めると思うけど、一般的には難読かも。井戸を掘ったら石棒が出てきて、それを「石神」としたのが地名の由来なんだだという。東京23区の西北部、練馬区にあるけど、池袋から西武線急行で9分と案外早くてビックリした。

 今年は散歩日和が少ない。夏は高温多湿、9月になったら毎日雨。10月にまた暑く、と思ったら急に寒くなる。ここ数年、夏と冬しかないような気候になってしまった。冷房も暖房もいらない日が一月もない。ようやく今日は晴れて温かい秋の一日になった。前に洗足池に行った時も気分が良かったけど、今回の石神井池三宝寺池もとってもいい。奥日光によく行くのも中禅寺湖や湯ノ湖があるからかも。自分は湖や池が好きで、癒しスポットなんだと改めて思った。

 石神井公園駅を出て、南の方に商店街を歩く。お菓子の「新盛堂」の先を左に曲がってしばらく行くとボート乗り場に出る。もう都立石神井公園だ。向かい側に出ると池がよく見える。実は初めて知ったのだが、ここには池が二つある、まず最初が石神井池で、実は1933年に人工的に作られたもの。奥の三宝寺池から引いていた水路をせき止めて作った。今はスワンボートなどで楽しまれている。
   
 もう少し行くと野外音楽堂があり、そこらへんで中之島を通る太鼓橋がある。北側へ渡ると、また違った雰囲気で住宅街に面した開けた道になっている。
   
 やがて大きな道に出て石神井池は終わり、左に進むと「ふるさと文化館」、先へ進むと三宝寺池。信号を渡って少し歩くと木道で、そこを歩いていくと国の天然記念物「三宝寺池沼沢植物群落」がある。貴重な植生が残っていたところだが、今は都市化でだいぶ変わったようだ。三宝寺池は、多摩の丘陵地帯が下ってきたところの湧水で、井の頭池や善福寺池など区部の西には池がいくつか存在する。
  
 三宝寺池の南の方に小高い丘が、中世の山城、石神井城である。豊島氏の居城だったところだが、太田道灌に滅ぼされた。いろいろと細かいエピソードがあるが、ここでは書かない。今はフェンスに囲まれて保護されているが、秋の一部期間に公開される。見たから何が判るというもんでもないけど。空堀や内郭があるから、ただの山じゃないな、城跡だなという程度のことは判る。関東の人は関東の戦国史を知らない。鎌倉公方や関東管領をめぐる複雑な争いがあったけど、結局は後北条氏が征圧し、秀吉に滅ぼされ家康が来る。だから、天下統一や幕末維新の志士がいなくて、大河ドラマになりにくい。
   
 城から降りて、三宝寺池をめぐる。水面に青空と木々が逆さに映って美しい。神社があって、池の中にあずまやが作られている。なかなかきれいで、歩いていて楽しい。
   
 三宝寺池を超え「松の風文化公園」に行くと、ふるさと文化館分室がある。練馬区出身の文化人の紹介や五味康祐(ごみ・こうすけ)の展示をしている。五味は「柳生武芸帳」が大評判になった作家で、いま「『柳生もの』の系譜」という展示をしていた。これがとても面白い。時代小説、時代映画ファンには必見。またはオーディオファンとして知られ、所蔵のステレオが2階で展示されていた。(写真左)他にも、檀一雄の部屋も再現されている。(写真右)檀は石神井に住んでいた。ビックリしたのは、石神井城のところに「石神井ホテル」というのがあり、檀はそこにこもって「リツ子」シリーズを書いたという。
 
 三宝寺池のあたりは鳥も多く、バードウォッチャーも多い。鳥の鳴き声もするが、水鳥も多い。そんな中を歩いて戻り、「ふるさと文化館」へ。そこでは「夢の黄金郷 遊園地展」をやっていたが、見なかった。それより一階にある「エン座」といううどん屋へ。ここは有名なところで、よく紹介されている。「糧(かて)うどん」というのが名物で、豚肉や野菜を入れた温かい出し汁にうどんを付けて食べる。美味しく食べて、他にもお寺など史跡があるんだけど、まあ満足して帰ることにした。
  
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