尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「終戦のエンペラー」と史実①

2013年10月01日 00時46分28秒 |  〃 (日本史・世界史)
 「終戦のエンペラー」(原題“EMPEROR”)という映画が上映されている。この映画の公開を知った時から、何だか史実的には問題がありそうな気がした。実際に見たら予想以上に問題が多いので、現代史を多少なりとも知っているものとして、問題を指摘しておきたいと思う。

 まず、この映画について。プログラムを読んで奈良橋陽子がプロデュ―サーであることが決定的な重要性を持っていることを知った。その意味は次回以後に書く。脚本はデヴィッド・クラスとヴェラ・ブラシがクレジットされている。監督はピーター・ウェーバー(1960~)で、「真珠の耳飾りの女」「ハンニバル・ライジング」の監督である。ここしばらくは劇映画を離れていたようだが、腕は確かである。

 主役のボナー・フェラーズ准将役はマシュー・フォックスで、テレビドラマ「LOST」でゴールデングローブ賞テレビドラマ部門主演男優賞を受けている。マッカーサー役はベテラントミー・リー・ジョーンズがやっている。日本側キャストは、西田敏行、桃井かおり、中村雅俊、夏八木勲など。フェラーズの恋人アヤ(架空の人物))初音映莉子という女優。このように、なかなか豪華なスタッフ、キャストで作られた作品で、決して際物ではない。だからこそ問題なのである。

 ストーリイを引用すると、以下のようになる。
 「1945年8月、日本が連合国に降伏し、第二次世界大戦は終結した。まもなく、マッカーサー元帥率いるGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が上陸。日本は米軍の占領統治を経たのち、再び息を吹き返した。誰もが知っている、歴史の1ページである。だが、そこには、1ページではとても語り尽くせない、驚きの真実が秘められていた。すべては、マッカーサーが部下のボナー・フェラーズ准将に命じた、ある極秘調査から始まった。この戦争の真の意味での責任者を探せ──。それは日本文化を愛するフェラーズにさえ、危険で困難な任務だった。やがて、連合国、マッカーサー、フェラーズ、そして日本の元要人たちの思惑が激しく交錯するなか、謎がひとつひとつ解き明かされていく──。

 なぜ、開戦直前に首相が交代したのか? パールハーバー直前の御前会議で語られたこととは? 戦争を始めたのは本当は誰なのか、終わらせたのは誰か? 玉音放送前夜のクーデターとは? その放送に込められた天皇の想いは? 連合国側の本音と、マッカーサーの真の狙いは? マッカーサーと天皇が並ぶ写真が写された理由とは? そして、崩壊した日本の新たなる礎は、いかにして築かれたのか──? 日本の運命を決定づけた知られざる物語が今、始まる。」

 僕も別に「暴れん坊将軍」と史実の徳川吉宗はここが違うなんて話を書く気はない。誰だってテレビの時代劇を史実そのままと思って見る人はいない。でもこの映画のようにマジメに作ってあると、うっかり信じてしまう人が出かねない。天皇とマッカーサーの会見を、この映画を基に教えてしまう教師もいないとは限らない。全員が現代史に詳しいわけではないから、生徒の興味を引く教材として映画を使うという人もあるかもしれない。それは困るなと僕は思うのである。

 歴史をそっくりそのまま映画化することは出来ない。歴史を細かく描くとなると、ぼう大な人物が出てくることになる。実際、定評ある研究書や評伝は何百ページもある。参考文献だけで何百冊も出ていたりする。そういう分厚い本でも、現実の史料からはずいぶん抜粋しているのである。だから歴史をできるだけ正確に映画化しようとすると、何十時間も必要だ。それでは誰も見ないから、もっと凝縮する。劇映画ではないが、巨匠小林正樹が作った「東京裁判」という記録映画がある。裁判のフィルムを4時間にまとめたものである。興味深い映像だけど、4時間というのは映画鑑賞の限界に近い。

 この映画では、マッカーサーと昭和天皇は誰でも知っている。だから、あまりにも非常識な設定は許されないだろう。一方、フェラーズは、決して無名の人物ではないものの、一般的な知名度は高くはない。だから「フェラーズに日本人の恋人がいた」という設定は、(遺族の了承が得られるなら)僕は許されるのではないかと思う。人間は私生活も有名な人とそうではない人がいる。歴史を基にしたドラマでも、ある程度のフィクションを入れないと、観客をひきつけられない。この映画のフェラーズに日本人の恋人がいたという設定は、恋愛ドラマとしてはかなり心をうつ物語になっているように思う。
(マッカーサーと昭和天皇)
 では「極秘調査を10日で行え」というマッカーサー指令はどうだろうか。ドラマとしての緊迫感は出たから、映画としての効果がないわけではない。ただし、「マッカーサーが納得したから、昭和天皇の戦争責任が解決した」という方向で描かれたために、マッカーサーと天皇の会見(45年9月27日)で天皇問題が解決したかのようである。これは全く事実と違う。1945年11月にドイツのニュルンベルク裁判が始まるが、東京裁判はそれを受けて行われた。ナチスを裁く前に日本の戦争責任問題が解決するわけがない。マッカーサー自身はかなり早く天皇は裁判にかけないと判断していたが、連合国はアメリカだけではない。(マッカーサーは本心では国際裁判という面倒なもの自体をやりたくなかった。責任者を自分の決定で即決処刑すればいいと思っていただろう。)

 現実の天皇免責過程はもっと複雑で、オーストラリアのように実際に天皇を戦犯リストに含めて提出した国もある。(なお、ソ連や中華民国を含め、天皇を戦犯リストに入れた国は他にはなかった。)ソ連はマッカーサーが独走することに反発し、結局45年9月に極東委員会を設置することになった。(46年2月26日に正式に発足。)占領政策は正式にはここで決定されることになる。だからこそ、マッカーサーは極東委員会の発足前に、象徴天皇制と憲法9条をセットにした新憲法案を作らざるを得なかった。そういう複雑な国際情勢を考えると、この映画は対象とする時間設定が現実とずれている。その「マッカーサー絶対主義」的な描き方は根本的に「アメリカ優位主義」に立つ描き方だと言えるだろう。
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「千島」と「ミクロネシア」... | トップ | 近衛と木戸ー「終戦のエンペ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

 〃 (日本史・世界史)」カテゴリの最新記事