尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「プーチン大帝」の危険な賭け-ウクライナ問題①

2014年03月25日 00時22分51秒 |  〃  (国際問題)
 最近国際問題を書いてないが、とりあえず焦点のウクライナ問題について。現状分析、歴史的理解、今後の展望など考えるべき問題は多い。ウクライナのヤヌコヴィッチ政権の崩壊からクリミア半島(クリミア自治共和国およびセヴァストポリ特別市)のロシア編入まで、あっという間に事態は進行してしまった。おりしもソチ冬季オリンピックおよびパラリンピックが開催中だったこともあり、ここまで露骨に領土編入まで行かないという観測も強かった。つまり、グルジア共和国内のアブハジア自治共和国、南オセチア自治州の「独立宣言」、そしてロシアの承認、といっても事実上のロシア化なわけだが、ロシア以外世界中のどこも承認していない「独立宣言」という形式を取るのではないかと思われていたのである。

 ロシア国内では、ソチ五輪に対するテロの危険性が事前に指摘されていた。しかし、治安面で安全に終了しただけでなく、オリンピックおよびパラリンピックでロシアが圧倒的にメダルを獲得した。続いて今回のクリミア編入が行われ、「愛国的熱情」が沸騰しプーチン大統領の支持率が急上昇している。ソ連崩壊後、初めて領土を拡大したわけで、これはスターリンが「大祖国戦争(第二次世界大戦)」後に西部国境を拡大し、日本から千島列島を獲得して以来のことである。様々な意味で辛い時期が続いてきたロシアで、プーチンはまさに「中興の祖」とでも言うべき「功績」で、ピョートル1世やエカチェリーナ2世などと並ぶ「大帝」とでもいうべき権威を獲得したのではないか。

 しかし、それは「危険な賭け」というべきものだろう。「ロシアは支配圏確保に関しては譲らないだろう」「プーチンは権威主義的、国家主義的な政治家だ」というのは、まあ今までも判っていることだ。でもあまりにも公然と国際法違反が行われると、それはアメリカだって、西欧各国だって、ダブル・スタンダード(二重基準)はいっぱいあるわけだが、「公にはあまり大声では言わない」問題が公然化してしまう。それはロシア自身にもはねかえってくるはずである。例えば、クリミアの住民投票を編入の根拠とするんだったら、ロシア連邦からの独立運動があったチェチェン共和国だって住民投票を拒むことはできないはずである。あるいは一時独立運動があったタタールスタン共和国なども同様。

 それはEUにも言えることで、「軍事力を背景にした領土の変更は認めない」というなら、コソボ戦争に際してNATOが空爆までして、そのもとでセルビアから独立したコソボ共和国は、どうして独立が認められるのか。日本政府はよく「我が国の固有の領土」という世界的に意味不明の主張をするが、ある意味でコソボは「セルビアの固有な領土」だったとも言えるのだ。しかし、日米はじめ世界の主要国が承認したコソボを、ロシアは国家承認していないわけだから、この例を世界に主張することはできない。中国も承認していないし、EU内でも独立運動を抱えるスペインは承認していないという話である。もちろんセルビアも承認していない。

 もともとの本国が承認していない領土分離が認められるのか。コソボとクリミアを見れば、ロシア側も欧米側もダブル・スタンダードであるのは明白だろう。最近の「分離独立」と言えば、スーダンから独立した南スーダンの例があるが、このように当事者間が了解していることが本来は必要条件というべきだ。もっともバスクやカタルーニャの独立運動を抱えて、国家統一を最優先するスペインの対応が望ましいのかと言えば、それも違うだろう。それはウィグルやチベットの問題を抱えるため、表立ってロシアを批判も称賛もできない中国の方がもっと深刻だろう。なにより「内政不干渉」を優先する中国としては、ロシアがウクライナに干渉するのは認められないはずだ。しかし、国民の抗議運動で政権が倒れたウクライナ新政権も認めがたい。ロシアが住民投票の結果を理由にするのも認めがたい。中国こそ「ダブル・スタンダードの罠」に陥り、はっきりしたことが言えない状態である。

 そもそもウクライナの政情はずっと揺れ続けてきた。1991年末にウクライナがソ連脱退を決め、ソ連が崩壊した。以後、選挙による政権交代は行われているものの、当選した政権が安定して政権を運営することができない。ソ連から独立後の各国を見れば、もっととんでもない長期独裁や権威主義体制になってしまった国が多い。北にあるベラルーシも、同じスラヴ人国家であるもののルカシェンコ大統領の独裁が続き、「ヨーロッパの北朝鮮」などと呼ばれたりする状態である。それに比べれば、まだしもウクライナは市民社会が成熟している感じで、昨年(2013年)にはポーランドと共催でサッカーのヨーロッパ選手権が開催された。しかし、「ロシアか西欧か」という「地政学的危機」が国家統一を妨げていて、何度選挙をやっても国内に安定的政権ができない。

 2010年の大統領選挙でヤヌコヴィッチがティモシェンコを破り、久しぶりに親露派政権が成立した。今詳しく書かないが、2004年のオレンジ革命はユーシェンコがヤヌコヴィッチと争った大統領選がきっかけだった。その後複雑な政争が続き、ヤヌコヴィッチが今度は当選したわけである。しかし、EUとの政治、貿易協定を見送ったことから反ヤヌコヴィッチ運動が盛り上がり、政権側が治安部隊を動員し死傷者が出る事態となった。それを受けて最高議会が大統領解任を決めたわけだが、ヤヌコヴィッチはそれを承認せずロシアに逃亡し、今も「正当な大統領」を称している。そもそもこの事態をどう考えるか。

 ウクライナには独ソ戦(第二次世界大戦)当時に、ナチス・ドイツと協力して反ソ反共の独立を掲げる勢力が存在した。(実は複雑な民族紛争が存在した東ヨーロッパでは、親ナチ組織がかなり存在していた。)その流れをくむ極右民族主義政党(時にはネオナチと評されるが、実態はよく判らない)である「自由」が一定の支持を集めていてる。(450議席中37議席。)主要政党はヤヌコヴィッチの母体の地域党、ウクライナ共産党の2党がヤヌコヴィッチ与党、一方ティモシェンコが率いる「祖国」と親西欧派のウダール(改革をめざすウクライナ民主連合、有名プロボクサーが党首だという)、そして極右の「自由」(スヴォボダ)の3つがヤヌコヴィッチ野党だった。現在の暫定政権には、この極右政党も参加していて、これはEU内の国なら許容されないと考えられる。それも二重基準の一例である。

 こうした経緯からロシアは、ウクライナの政変をそれ自体認めていないのではないかと思う。親EU勢力による非合法の政権奪取と認定しているのだろう。プーチンは極右勢力からロシア系住民を守る義務があると称して、それをロシア軍派遣の理由としている。それも一理はあるのである。しかし、欧米側はかつての「東欧革命」や数年前の「アラブの春」のように、民衆の平和的反政府運動により政権が自壊したと解釈している。もう20年も前になるが、1991年にハイチで選挙で当選した左派のアリスティド大統領が軍事クーデタで打倒された時、アメリカ政府は軍事政権を認めず結局94年になってアリスティドが政権に復帰した。一方、エジプトで昨年、選挙で選ばれたムルシ大統領が軍事クーデタにより打倒されたわけだが、アメリカは事実上黙認状態にある。こうして見ると、「世界はダブル・スタンダードに満ちている」わけである。それはまあ「実は誰でも知っている」ことであるが、でもプーチンみたいに「今さらウブなこと言うなよ」みたいな態度で開き直るのは、やがて「ブーメランが自分のところに戻ってくる」んじゃないかと思う。
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