尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「歓びのトスカーナ」に見るイタリアの精神医療

2017年08月16日 21時58分57秒 |  〃  (新作外国映画)
 イタリア映画「歓びのトスカーナ」が公開されている。(東京ではシネスイッチ銀座で25日まで。)イタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で、2017年の作品、監督、主演女優、美術。ヘアスタイリストの5部門で受賞した。題名だけ見ると、イタリアの美しい風景の中で恋愛模様を描く映画のように思うかもしれない。僕もそう思い込んでいて見るのが遅れたけど、実はイタリアの精神医療の状況を描いた映画である。女性映画としても非常に充実している。

 イタリアでは1978年に「バザリア法」が成立して精神病院が廃止された。「人生、ここにあり」(2008)という映画が、病院が廃止され自立していく様を描いていたことは記憶に新しい。今回はトスカーナ地方の美しい丘にある「グループホーム」が舞台になる。主役のベアトリーチェは最初から態度が大きく、このお城のような建物は自分の敷地に建てたようなことを言うから、スタッフなのか理事長みたいな存在かと思うと、だんだん判るけど明らかに虚言癖の躁病患者で、周囲を巻き込むタイプ。

 そこに小柄でタトゥーがいっぱいのドナテッラが見るからに危なそうな感じで現れる。ベアトリーチェは最初は自分が医者に成りすまして接しているが、化けの皮がはがれてもドナテッラに付きまとう。もう他に誰も相手にしてくれないマイペースのベアトリーチェは、新参者に付きまとうしかない。そして、二人はともに外部の作業に派遣されてお金ももらえるようになる。施設への帰りのバスが遅れたある日、二人はちょうど来た路線バスに勝手に乗り込んでしまう。

 ドナテッラはちょっと外出したつもりだったけど、ベアトリーチェに引っ張られるように「自由の旅」が始まってしまう。昔「テルマ&ルイーズ」という映画があったけど、この映画は「精神疾患版テルマ&ルイーズ」といった趣になっていく。(まあ、「犯罪」は無銭飲食レベルだけど。)お互いに薬が必要だし、周辺の人間関係はグチャグチャ。施設側は必至に探し回るし、最初はこれでいいんかという気もしてしまう。やっぱりもっと厳重に外出禁止にしないといけないんじゃないか…。

 だけど、ドナテッラの家庭事情がだんだん明らかになり、その「うつ病」的、「摂食障害」的な病態の裏に、恵まれない家庭環境や人間不信があることが判ってくる。彼女はバーで働いているときに、妻子ある店長と関係を持って妊娠したが、簡単に捨てられる。子どもは認知されず、バーも解雇された。絶望して子どもと自殺を図るが助けられ、養育できないとされ子どもは養子に送られた。といった事情が判ってくるに連れ、ベアトリーチェはドナテッラに子どもと会わせたいと思うようになる。

 その様子を見続けているうちに、あんなに自分勝手に見えたベアトリーチェが、自分に誠実で自由に生きているように思えてくる。イタリア中部のトスカーナ地方(州都はフィレンツェだが、映画の舞台はもっと海に近い地帯)を車で行き来する一種のロード・ムーヴィーで、その自由さがたまらなく魅力的に見えてくる。難しい事情を抱えながら生きている人々が輝いて見えてくる。

 ドナテッラは映画の最後の頃に、一時「司法精神病院」に収容される。ここは触法行為のあった精神病患者を収容する施設で、病院閉鎖後も残ったという。だが、すごいことにそれも2015年に閉鎖が決定され、2017年に司法精神病院は実際になくなったのだという。イタリアの精神医療改革はそこまで行くのかと日本との違いに驚くしかない。

 監督は「人間の値打ち」でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を受賞したパオロ・ヴィルズィ。脚本をヴィルズィと女性監督のフランチェスカ・アルキブジが書いている。ベアトリーチェを演じたヴァレリア・ブルーニ・テデスキが素晴らしい。この人は「アスファルト」に出ていたが、フランス映画によく出ている。サルコジ夫人のカーラ・ブルーニの姉だという。ドナテッラのミカエラ・ラマッツォッティも、「こういう人いるいる」感にあふれている。内容的にも面白く、イタリアの精神医療のあり方も参考になる。

 イタリア映画は大好きで、今年になってからも「おとなの事情」「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」「甘き人生」など重要作品を見ているが、今ひとつ納得できなかった。今回の「歓びのトスカーナ」が僕には一番面白かった。原題は直訳すると「狂気の快楽」だそうで、これでは公開できないと思うがもう少し内容に沿った題名の方が良かった。「北朝鮮問題」はまだ続くけど、見た映画の話を先に。
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