尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ロシア映画『インフル病みのペトロフ家』、途方もない悪夢映画

2022年05月17日 22時41分50秒 |  〃  (新作外国映画)
 ロシアの鬼才、キリル・セレブレンニコフ監督の「インフル病みのペトロフ家」という映画が公開されている。これは途方もない悪夢的な迷宮めぐりに驚かされる映画だった。後述する監督の状況もあってか、ひたすら暗い画面の中で展開される映画で、まさにロシアの「時代閉塞の現状」(by石川啄木)を象徴しているかのようだ。幻想的で途方もないエネルギーに満ちた描写が連続し、はっきり言って何が何だか判らないのだが、まさに「コロナ禍」と「ウクライナ戦争」を予見してしまったかのような問題作だ。

 キリル・セレブレンニコフ(1969~)はロシア演劇界を席巻する若手演出家として知られ、21世紀になって映画監督にも進出した。日本ではソ連時代のロック音楽を描いた「LETO」が公開されている。それは「「LETO」と「ドヴラートフ」ーレニングラードの地下文化」で紹介したが、もともとアンダーグラウンド的な志向があったのである。だからプーチン政権のジョージア、ウクライナへの侵攻やLGBT抑圧を批判してきたが、そのためかどうか劇場への国家補助金を流用した疑いで詐欺罪で起訴された。「LETO」がカンヌ映画祭で上映された時には出席出来なかったことから、監督に自由をという声が上がった。
(セレブレンニコフ監督)
 この映画はアレクセイ・サリニコフという人の原作を映画化したもので、映画化の企画が進行した時点でセレブレンニコフは自宅軟禁処分を科されていた。そのため昼間は自宅で脚本を書き、夜間になってから秘かに撮影したという。だから暗いのも必然だが、それだけではなくインフルエンザで発熱した主人公の幻覚を異様な長回しで撮っている映画の世界が本質的に暗い。病気による高熱状態だから、悪夢的な幻覚が次々に訪れる。ワンショットに時代を超えたシーンがあるから、見ていて何だか判らなくなる。しかし、判らないなりに、これは凄い映画だという感じが伝わる。

 ウィキペディアからコピーすると「新年の前夜にロシアの地方都市に住む自動車整備士のペトロフと彼の家族が過ごした数日間の生活について語っている。ペトロフは自動車整備士で、趣味で漫画を描いている。ペトロフはインフルエンザにかかって高熱が出る。やがて、インフルエンザは元妻と息子も伝染る。高熱で車が運転できず、トロリーバスに乗って仕事から帰る途中、ペトロフは旧友のイーゴリに出会う。イーゴリと彼の知人と一緒に、ペトロフはウォッカを飲む。インフルエンザに罹っているペトロフは、熱狂的な妄想と現実を区別することができない。ペトロフの子供時代と青年時代の記憶は、妄想や現実とあいまって、ペトロフにとっても観客にとっても区別がつかない。」とある。
(ペトロフ)
 時代的には2004年のエカテリンブルクだという。ロシア中央部にある大都市で、ソ連時代はスヴェルドロフスクと呼ばれていた。ロシア革命時に皇帝一家が幽閉、殺害された地として知られている。過去は1976年だというが、ホントに過去と現在が混ざり合っていて全然判らない。インフルエンザが流行しているが、新年の集いに子どもが行きたがる。39度を超える高熱の子を自分も熱がありながら連れて行く。その設定自体が相当の「悪夢」である。親も子も周囲の皆も誰もマスクをしていないんだから、今から見れば恐ろしい限り。ペトロフもバスで咳をしているが、マスクをしていない。周りの人も「ガンか」とか言ってる。
(新年の集い)
 「現代ロシアの迷宮を疾走し、映画の迷宮を疾走する」とチラシにあるが、まさにそんな感じの怪作。2021年のカンヌ映画祭に出品され、フランス映画高等技術委員会賞というのを受賞した。僕は「チタン」(パルムドール)や「アネット」(監督賞)より心惹かれるものを感じたが、やはりまとまりに欠けるところが減点されたか。監督の裁判は執行猶予になって、何とか国外に出られたらしい。今はドイツにいるらしいが、ウクライナ侵攻を非難しつつ、ロシア文化を全面的に排除することも批判しているという。今年は今後も興味深いロシア映画の公開が予定されている。閉塞化したロシア社会の中で、声を挙げる人もいたということだろう。
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