尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

香港の「愛国者」とは誰のことかー「愛国者」の罠

2021年04月01日 23時08分48秒 |  〃  (国際問題)
 中国の全人代(全国人民代表者大会)は3月11日に「愛国者による香港統治」を決定した。大会での採決では、賛成2895、反対0、棄権1となっていて、たった一人だけど棄権者がいた。「勇気ある行動」なのか、「全会一致を避けるための茶番」などかは判らないけれど。その具体的な方法は30日に全人代常務委員会で決定された。下の画像は全人代常務委員会の採決時のもので、全員が賛成していて、反対、棄権はゼロだった。
(全人代常務委員会で香港の選挙法を変更)
 変更された選挙方法とは、立法会議員などの候補者が「愛国者かどうか」を事前審査する制度の新設、、香港政府トップの行政長官を選ぶ選挙委員会の権限強化立法会の定数を70から90に増やし現在半数の直接選挙枠35を20に減らすなどである。 直接選挙枠が90のうち20しかないんだから、仮に民主派が立候補出来て当選したとしても全く影響力を及ぼせない。これをもって「一国二制度」は事実上終わったと多くのマスコミが指摘している。
(香港の新しい選挙制度)
 1984年の中英共同声明を受けて、香港特別行政区基本法が制定されているが、その解釈権は中国全人代にあると前から決まっている。中国は中英共同声明は歴史的文書になったと決めつけている。共同声明をどう理解するかは難しい問題もあるが、常識的に考えて「中国は約束を守らなかった」ということだ。もっとも21世紀になれば、中国本土自体がもっと「民主化」されているだろうと多くの人が思っていた。この現実を見れば、台湾を「一国二制度」で統一するというシナリオは永遠に不可能になったと言っていい。

 近代中国の歩みは欧米列強に蹂躙された歴史だった。だから「国土統一」が何よりも優先する課題だというのは理解出来る。第一次世界大戦時のイタリアに「未回収のイタリア」という領土があったが、その言い方で言えば「未回収の中国」というものがあった。「香港」と「マカオ」は回収した。「東トルキスタン」(新疆)と「チベット」も譲ることはない。残っているのは「台湾」だという感情を理解することは出来る。だが、そういうことを言い出せば、僕は「沿海州の返還」をなぜロシアに要求しないのかが判らない。歴史的にはアヘン戦争以前からロシアが北方を侵略していた。

 近代は「国民国家」で構成されている。どんなにグローバル化が進んでも、いや進めば進むほど人々の「国家」に寄せる帰属意識は膨らんでいく。中国では革命後の混乱が長く続き、事実上の「鎖国」のようになっていた。人々はアメリカやソ連に対峙する毛沢東の姿を英雄視していただろう。しかし、「改革開放」後の発展する姿を見た時にこそ「中国が誇らしい」と思えたのではないか。オリンピックで中国選手が大量にメダルを獲得し、中国企業が外国でどんどん評価される。僕自身が高度成長下で育っているので、「国家の発展を我が事のように喜ぶ素朴な心情」が多くの人にあることは理解出来る。

 だが「国家主義」というのは暴走していくものだ。中国が香港に関して「愛国者」と言っているのはどんな人々を指しているのだろうか。国務院香港マカオ事務弁公室の張暁明常務副主任という人がこんな説明をしている。「愛国者」とは「国の基本システムに反対しない人」だと。「香港独立や混乱を招く人々、国の基本システムに挑戦する人は愛国者じゃないと明確に指摘されている」。かつて「国の基本システムに挑戦」して革命を起こした党が今ではこういうのである。

 これでは自民党右派の人々は大喜びではないだろうか。香港に学びたい人が日本にもアメリカにもたくさんいるだろう。歴史を顧みるまでもなく、「基本システムに挑戦する人」がいなければ、世の中は発展しない。日本の戦時中を思えば、無謀な戦争を続けた軍部が「愛国」を強要していたが、戦争に反対した少数の人々こそが「真の愛国者」だった。中国にだって、それを理解している少数の人はきっといるに違いない。その小さな声に耳を傾ける知的空間がどんどん狭くなっているかも知れないけれど。

 権力者が「愛国者」を持ち上げる時には、すでに「亡国」の兆しがある。中国はそういう段階に入っていて、このまましばらくは「国家主義」が世を覆うと思われる。だけど、そこにこそ「愛国の罠」がある。自由で柔軟な発想を禁じた社会は衰微に向かう。それがどういう形で現れるかは誰にも判っていないけれど、やはり中国も同じように歴史が進行するだろう。
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