尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

アメリカのイスラエル大使館問題

2017年04月16日 21時45分51秒 |  〃  (国際問題)
 アメリカによるシリア攻撃問題から連動して、一番気にかかる問題は「イスラエル大使館問題」である。世の中には、そうではない、4月中にも「北朝鮮攻撃」がありうると心配(または期待?)している輩がかなりいるらしいけど、アメリカ(及び北朝鮮と中国)の対応を観察していると、決してすぐには武力攻撃にはならないだろうことが様々暗示されているように思う。もっとも、僕もトランプ大統領がどういう行動を取るか、完全に予測できると思っているわけではないのだが…。

 トランプ氏は大統領選挙中に、中国を為替操作国に認定すると言ってきた。しかし、最近になってこの認定はしないと決定された。トランプ政権にとって、雇用の拡大が「一丁目一番地」の政策である。下院議員の任期は2年しかない。それに合わせて上院の3分の1も改選されるから、経済問題の実績を上げることは急務である。(もっとも、経済指標そのものを信用できないとして、「オルタナティヴ・ファクト」を主張するのかもしれないが。)そうすると、中国といたずらに対立を深めるのではなく、「取引」の関係に引き込むことが重要になる。中国を反発させるだけでは、経済政策がうまくいかない。

 そういうファクターも大きいと思うけど、そもそもトランプ政権がロシアと中国をそれぞれ相手に回していくことは不可能だろう。シリア問題でロシアと対立している現時点で、中国を無視する(メンツをつぶす)形で北朝鮮問題に武力行使という選択をできるとは思えない。そういった問題はまた別に詳しく考えたいと思うが、一番重大だと思うことは、先に書いたようにトランプ政権内で、バノンの影響力が失墜してクシュナーの影響力が大きくなっているという問題である。

 クシュナーは「敬虔なユダヤ教徒」とされ、そのためイバンカ・トランプは結婚に際してユダヤ教に改宗したという。ユダヤ人にも様々なタイプがあるが、クシュナーは「正統派」に属するというから、イスラエルが絶対だと考えられる。中東情勢に対して、アジアへの関心は少ないと考えておいた方がいい。だから、アジアでは何もしないというわけでもないだろうが、トランプ政権にとっては「イスラエル大使館問題」の方が重大なのではないだろうか。

 このイスラエル大使館問題というのは、日本ではあまり知らない人も多いかと思うので、少し紹介しておきたい。そもそも世界地図なんかでは、「イスラエルの首都はエルサレム」と書いてある。一応そういうことになっているわけだけど、国際的にはエルサレムを首都とは公言しないルールになっている。アメリカの大使館も、日本をはじめ世界各国の大使館もエルサレムではなく、テルアビブにある。

 エルサレムの国際的地位はまだ未決着なのである。そもそも…とイスラエル建国からアラブとの何回かの中東戦争を全部書いていると終わらなくなるから、ここでは省略する。とにかく、アラブ諸国の中にはイスラエルの存在をそもそも認めていない国が多い。エジプトとヨルダンが例外的に国交を持っているだけである。将来できるはずの「パレスチナ国家」は本来「東エルサレム」を首都とすることを予定している。エルサレムはユダヤ教だけでなく、キリスト教やイスラム教にとっても「聖地」であり、イスラエルだけのものではない。アメリカがエルサレムを「首都」と扱うことは、サウジアラビアやイラク、エジプトなど「親米国」の国民感情に計り知れない悪影響を与える。もうそれははっきりしている。

 ところで、トランプ氏は選挙戦中に「イスラエルにある大使館をエルサレムに移す」と公約してしまっているのである。この問題は複雑で、そもそも米国議会は「エルサレム大使館法」を1995年に通している。クリントン政権時代である。ではアメリカの大使館はエルサレムにあるのかというと、今もテルアビブにあるままである。それは何故かというと、ビル・クリントンは大統領令を発してこの法律の効力を差し止めたからである。それをブッシュもオバマも踏襲してきた。

 ただし、その大統領令は効力が半年しかないのである。だから、この20年以上アメリカ大統領は半年ごとに、エルサレム大使館法の効力を差し止めてきたわけである。トランプが公約したのは、この「大統領令を発しない」ということなのである。オバマ大統領による大統領令は、昨年12月に出たということだから、6月には切れてしまう。5月中には判断しないといけない。クシュナーらにとっては、この問題こそ一番の関心事ではないかと僕は判断しているわけである。

 じゃあ、どうなるか。この「エルサレム大使館問題」は、「一つの中国問題」と同じく、安易に手を触れてはならない問題だと思う。ある種の「フィクション」を皆で尊重していくしかないんだと思う。そういう現実をトランプ政権が理解できるか。日本の小泉首相のように、選挙戦中(もっとも自民党総裁選だけど)の発言にとらわれて、靖国神社参拝を続けて中国との首脳会談が出来なくなってしまった人もいる。トランプがどう判断するかは、非常に注目される。

 僕が思うに、「IS壊滅作戦を優先させる」という名目で、「わたしは公約を守る男だが、この公約の実現はわたしの政権の二期目に延期する」とか言って、事実上先送りしてしまうのが「最善」ではないだろうか。あるいは、大統領令で差し止めはしないけど、大使館はテルアビブに置いたままにするということもあり得るだろうか。でも、それは「違法」になってしまうから、問題だろう。もし本当にエルサレムに移したら、親米政権が倒れかねないほどの問題である。まさに「テロリストに塩を送る」行為である。(「塩を送る」は日本でしか通用しないが。)

 他にも様々な問題が山積しているわけだが、外交的にはこの問題をどうするかの調整は、かなり時間がかかると思う。中国問題と違って、公約は順守するべきだという意見も政権内に強いと思うからである。そうなると、北朝鮮問題どころか、世界の他の地域に関わることはかなり難しいのではないかというのが、僕の今の時点の観測なんだけど。
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