尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

阿奈井文彦さんの思い出

2015年03月09日 21時48分29秒 | 追悼
 ノンフィクション作家の阿奈井文彦(あない・ふみひこ 本名・穴井典彦)さんが亡くなったと東京新聞の朝刊に載っていた。3月7日、誤嚥性肺炎のため死去、76歳。

 阿奈井さんは、1980年の韓国キャンプ以来の知人である。もっとも20年ぐらい会ってないと思うけど。フレンズ国際ワークキャンプ(FIWC)関西委員会主催の日韓合同ワークキャンプで、僕は初めて韓国へいき、またハンセン病回復者定着村に行ってハンセン病回復者の人々に会った。そのキャンプは夏休みに10日間近く行われたと思うが、大多数は奈良のハンセン病者の交流施設・交流(むすび)の家で行われた事前キャンプから参加していた。でも、毎年「あないさん」というおじさんが後から来て少し参加するんだということだった。この「あないさん」というのが、阿奈井文彦というライターだったわけである。僕は阿奈井文彦という名前は知っていた。しかし、ちゃんと本を読んだことはなかった。

 そして、確かに阿奈井さんは途中で現れて、少しワークには参加したものの、肝心の作業は手伝わないで、ノンビリ過ごしていたように見えた。阿奈井さんは韓国生まれで、もう10年近く続いていたワークキャンプに毎年少しでも参加するんだということだった。そして、韓国側の常連女性キャンパーから「アジョシ」「アジョシ」(おじさん)と呼ばれて、親しそうに話し込んでいた。何だかとても「オトナ」に見えたものである。今どこに行ったか見つからないのだが、阿奈井さんの最後の本、「サランヘ 夏の光よ」(2009、文藝春秋)という本に、韓国との関わり、そして韓国キャンプの話が感動的に出てくる。

 その頃は、僕は20代半ばで、まだ「大人」というものをあまり判っていなかった。それにイマドキと違って、阿奈井さんは、べ平連に参加し、南ベトナムに行くなどしていた。その前には大学を出てからクズ屋をしたり、年季が入った「自由人」だった。当時の自分は大学院生で、大学の先生以外には「著述業」の人などは身の回りに存在しなかった。例えば、帰国後のりユニオンの後で新宿のゴールデン街に連れて行ってくれるような人を知らなかったわけである。

 もう一つ、早稲田奉仕園での思い出もある。僕は1979年に早稲田奉仕園主催の東南アジアセミナーの旅行に参加して、初めて海外に出た。マレーシアで民泊したり、タイで日系企業を訪ねたり充実した旅行だった。その後も早稲田奉仕園の行事に時々参加していたのだが、月に一回、土曜の夜に「コーヒーブレイク」という集まりがあった。アジア・アフリカ(AA)作家会議主催で、早稲田奉仕園のロビーでゲストの話を聞きながら談論風発するという催しである。AA作家会議の若手会員でもあった阿奈井さんは、同じく吉岡忍さん、有光健さん、山口文憲さんなどのそうそうたる顔ぶれの人たちとともに、大体毎回顔を出して、二次会まで残って話をしていった。ずいぶんいろんな人の話を聞いたと思うけど、やがて僕も常連みたいな扱いになって企画会議に出させてもらい、竹内敏晴さんや栗原彬さんを推薦して実現したように覚えている。こうして、80年代半ばころまで、毎月のように会っては飲むことがあったわけである。

 阿奈井さんの本もずいぶん読んだ。初期にはアホウドリと自称してエッセイや聞き書きを書いていた。「仕事」関係の本では「アホウドリの仕事大全」など、あるいは「アホウドリ、葬式に行く」など。韓国が軍事政権から民主化へ向かうソウル五輪直前の韓国旅行のノートをまとめた「アホウドリの韓国ノート」などがある。闘病もあり、90年以降は本が少なくなるが、最後からひとつ前に「名画座時代 消えた映画館を求めて」(2006、岩波書店)は中身は題名そのもので、これは自分でも書きたいような本だった。この本も今はどこにあるのか、見当たらない。そして文春新書「べ平連と脱走兵」(2000)。これは今も入手できると思う。米兵がベトナム派兵を拒否して、脱走しべ平連に救援を求めた出来事を書いた本である。事実自体は当時明らかになっているが、具体的な様子は阿奈井さんの本などによって紹介されている。(もっと本格的な本では、思想の科学「隣に脱走兵がいた時代」という大著がある。)これこそ日本人が忘れずに語り継ぐべき戦後の歴史だと思うのだが、なんというか「青春」と「世界」がつながっていた時代がほんのちょっと前にあったということがうらやましいというか、無性に懐かしい思いもしてくる本である。こうして、阿奈井さんのことを思い出していると、「青春」に触れあった人々が去っていくことが悲しくなってくる。
 
コメント
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