尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

大崎事件・福井事件の再審棄却

2013年03月07日 23時59分44秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 3月6日に再審棄却の決定が出た2つの事件についての報告。再審は近年、足利事件、布川事件、東電女性殺人事件などで無罪判決が出て、またこの福井事件、東大阪事件などで開始決定が出た。これを「再審が多すぎて、確定判決の権威が落ちてしまう。法秩序の観点から問題だ」なんて思っている人が裁判所や検察にはきっといるんだと思う。DNA鑑定が誤っていて検察側も無罪を認めるような事件は別にして、供述調書の信用性を争うような事件は極力再審を認めないようにしたい…。多分そういう考えの裁判官に当たってしまったんだと思う。

 しかし、再審開始事件は全然多くない。まだまだ無実を求めて争っている事件がたくさんある。富山県の氷見事件では、被告人だった人は諦めてしまい法廷で無罪を求めなかった。服役後の真犯人が現れて、かろうじて救われたわけである。去年のパソコン遠隔操作事件でも、無実なのに罪を押し付けられていた人がいた。そういう状況を考えると、「冤罪事件」はもっともっといっぱいあるのではないかと思う。でも、刑期が短い事件では、最高裁まで争い数年、その後再審請求で何十年、その間の精神的、金銭的負担を思うと、もう諦めて早く刑期を終えて、忘れられたいと思う人がいても当然だろう。そう言う中でも、殺人罪は重大なので、無実を主張し続けるわけである。再審事件、あるいは最高裁までに無罪になった冤罪事件を起きた年ごとに並べてみれば、多いように見えても数年に一事件と言う程度だろう。もっともっと隠れた冤罪事件があるんだと僕は思っている。

 今回の福井事件も大崎事件も、「自白」はなく、一回は再審開始決定が出た。福井事件は一審で無罪で、それは名張毒ぶどう酒事件も同じ。そういう事件は、無実を晴らしやすいと思うかもしれないが、逆に難しいのである。「自白」があった方が、本人ではないんだから間違いがいっぱいあるわけで、その自白に合わない新鑑定、自白の揺れ動きなどで無罪を証明しやすいのである。自白も物証もないのに、「目撃者」や「共犯者」がウソを言ってるというのが、実は一番難しい。検察が囲い込んだ「目撃者」「共犯者」をどうしても裁判官は信じてしまいやすいのである。しかも、「再審」となれば、先輩裁判官の判断を間違いだということになる。その勇気のない裁判官がいるということだ。

 さて、福井事件に関しては再審開始決定が出たときに、2011年12月2日付で「福井事件の再審開始を考える」を書いた。この事件は一審は無罪、2審で逆転有罪判決で、それが最高裁で確定した。再審請求をして、原審段階の未開示記録がかなり開示されて、それも評価されて、2011年11月30日に名古屋高裁金沢支部が再審開始決定が出たものである。それに対し、検察側が異議申し立てを行って、支部ではない名古屋高裁本庁が再審請求を棄却した。(「異議審」と言う。)この事件は一審が無罪だから、一審はやり直しを求める必要がない。だから高等裁判所の控訴審判決のやり直しを求めているわけである。

 名古屋高裁は名張事件の再審をかたくなに認めないところだから、僕は逆転もありえなくはないと思っていたが、異議審段階で新しい主張などは特になかったということだから、再審開始の可能性の方が高いかなと思っていた。でも、「目撃者」の捜査段階の供述を全面的に取り上げての逆転棄却である。前にも書いたが、この「目撃者」には「10代の暴力団員」もいる。若い暴力団員が覚醒剤中毒の知り合いを「売った」のである。しかも、供述は何度も揺れている。それを「不自然」と思わない裁判官がいるのである。それが不思議というしかない。近年の最高裁の事実認定に関する判例からすると、最高裁への特別抗告で改めて再審開始決定が出ると期待したい。 

 もう一つが、鹿児島県の大崎町(宮崎県に近い、志布志湾に面した大隅半島の付け根のあたりにある町)で1979年に起きた大崎事件である。請求しているのは、今年85歳の原口アヤ子さん。懲役10年が確定し、出所後に一度再審請求をして認められた。それが高裁で逆転し、最高裁でも認められなかった。2度目の再審請求を2010年8月に行い、年齢を考えても「最後の再審請求」「無実の罪を晴らしてから死にたい」と再審開始を訴え、支援の輪も広がってきた。しかし、今回の再審棄却決定は、福井事件や他のニュースと重なったこともあって、東京ではテレビニュースにも取り上げられなかった。

 この「事件」は家族内の事件とされた。原口さんの夫と一緒に農業を営んでいた夫の弟(4男)が行方不明になり、1979年10月15日に遺体で発見された。これを夫(長男)と夫の弟(次男)、およびその義弟の長男と4人で殺害したとされたのである。この3人の男性は知的障がいがあるという話で、家族内の誰かが犯人と見込んだ警察の調べにお互いが疑心暗鬼となり、アヤ子さん以外の男性が「自白」させられてしまったのである。こうして「主犯」はアヤ子さんということにされ、懲役10年を宣告された。「自白」はなく、「共犯者」の証言(夫など知的障がい者の「自白」)による認定だった。しかし、そもそも「事件」だったのだろうか。新証拠によると、「絞殺」という「自白」は間違いで、溝に落ちた時の事故と言う可能性が高くなっている。確定時にアヤ子さんは53歳。以後、模範囚をつとめあげ、何度か仮釈放の機会があったものの、いずれも「無実だから反省することはできない」と仮釈放の機会を自ら見送った。(一日も早く「シャバ」に出たいはずなのに、高齢になったアヤ子さんが仮釈放を求めなかったこと自体が「行動証拠」だろう。有期刑の場合は、満期出所ではなく、刑期を残して仮釈放して、その間保護司が接する期間を作って社会復帰を円滑にするのが普通である。しかし、そのためには模範囚であるだけでなく、罪を深く悔いていて再犯の可能性が低いことが重要となる。)

 こうして出所時点ですでに63歳。その後、夫と離婚して、旧姓を名乗って、再審請求を続けているわけである。この30年間、全く揺れることなく、一貫して無実を主張、何の動機もなく、ただ「共犯者の自白」というものにとらわれてきた。戦前に起きた「吉田岩窟王事件」や「加藤老事件」などという有名な冤罪事件があるが、いずれも男性の事件で、このような高齢女性が冤罪を訴えている事件は他にないように思う。一日も早い再審決定が望まれるが、裁判所は弁護側申請の「証拠開示請求」を退けて結審している。裁判長は中牟田博章裁判官で、この人は氷見事件で有罪判決に関与している。そういう経験をした裁判官が今回も弁護側の主張を一方的に退けて、再審を認め内容な決定をしたらわけで、良心が問われるというべきだ。
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