尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「最後の授業」②

2011年03月23日 21時09分52秒 |  〃 (教育問題一般)
 昨日は感謝の言葉で終わる予定がつい中身まで書いてしまいました。よって、今日はもう書かなくてもいいようなもんですが、昨日は①になってるからなあ。

 当たり前ですが、「思い」だけで生きていけないし、仕事はできません。ドラマでは日常の全部を描かないから、熱いだけの教師がいるかもしれないけど、実際そういう人がいたら生徒はエライ迷惑ですよねえ。

 僕も普段は「テキトー」な教員で、うまく手を抜きながらやってます。それを気づかれないように、あるいはわざと少し気づかれるように、上手にやるのがプロの技ですよ。(いつもうまくいってるわけではない。)(ただし、進路関係では絶対手を抜かないけど。)

 しかし、ベースには「思い」があります。たぶんほとんどの先生に、あるいはほとんどの仕事人に。普段見てると感じないかもしれないけど、あなたのお父さんは、職場ではすごい人なのかもしれません。


 今回「最後の授業」をやったのは、4つくらい理由があって、

①自分がなぜ辞めるかを、生徒に言っておきたかった。やはり、何人かの生徒に対しては、卒業まで関われなかったことで、国が悪いと言いつつも、申し訳ない気持ちがあるのです。

②更新制度に反対していくときの「武器」が欲しかった。今年の卒業生には1年生、2年生のときから教えている生徒も多く、かなり気心が知れていたから、力になってもらえると信じていました。ありがとね。あなた方がいなかったら、この企画は考えられなかった。

③今までのどの学校も思い出がありますが、今の勤務校はかなり特別で、生徒はちゃんと聞いてくれる確信がある一方、僕には伝えておきたい言葉がある。それは昨日書いたような言葉ですが、みんなが勇気をもってこれから進んで行くために、是非最後に残しておきたかったのですね。もう一回書くと、人間は変われるし、許しあえる。しかし、そのためには過去と向き合い、正しい認識を得る必要もあるのです。

④だけど、やっぱり、こういうことが好きなんだよね。「自主講座」(わからないと思うけど)みたいな集会を企画するのが。

 僕は学校の中だけで熱く頑張るような教師ではなかった。むしろ学校の外からの風を校内に持ち込みたいとずっと思ってきました。そしてずっといろんなことをやってきたと思います。
 そういう意味では、やはり僕にあった「最後の授業」だったのでしょう。

 感想文、42枚。卒業生25名(内、今年が16名)、在校生14名。

 朗読だけは、もう少し練習してやりたかったです。会議の連続で1回読んだだけなので。

 吉本隆明「涙が涸れる」も考えたけど、少し言葉が古いのでやめた。

 「とおくまでゆくんだ 僕らの好きな人々よ」 
コメント (6)
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