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好きなことだらけさ…

『ハーモニー』

2011年05月21日 | 

『ハーモニー』 伊藤計劃 著 ハヤカワ文庫JA

現実世界から地続きと感じる近未来SFの世界設定として、
人類がもはや不老不死といえる段階まできているというのを
最近続けて見たり読んだりしたような気がします。
それ程目新しい設定ではないのですが、目覚ましい医療技術の進歩の中で、
現実に即した夢物語では終わらないと感じさせるものが数多く出てきていると思います。
その方法は臓器提供であったり、細胞操作であったりと様々ですが、
『ハーモニー』の世界ではWatchMe(恒常的体内監視システム)を
体内に入れるという手法が取られています。

痛みも感じず、緩やかに老いて最後は泡となり消えるユートピア世界に、
WatchMeを体に入れ、生府に管理される前に自殺という行為で異を唱えようとした御冷ミャハ、
それに賛同し、同じ行為に走った霧慧トァンと零下堂キアン。
彼らの行動は失敗に終わり、13年後、死ねなかった少女・霧慧トァンは
大人になり、WatchMeを体内に入れ、嫌っていた世界の螺旋監察官という仕事に就いています。
同じように生き残った友・零下堂キアンが目の前で自殺した時から、
御冷ミャハの影を感じ、物語は大きく動き出します。

緻密な世界観を提示されればされるほど、本当にこんな世界が来るのかもしれないと思わされます。
体内の恒常性を常時監視し、個人用医療薬精製システムと繋がっているWatchMe。
コンタクトに組み込まれた拡張現実(オーグ)。
(これなんかは『電脳コイル』に出てくる電脳メガネの進化版だなぁと思いながら読んでました。)
果ては世界の平和を乱す喜怒哀楽までも取り去ってしまうハーモニー。
多くのSFに登場する争いの無い、全て平等に穏やかに生き死んでいける世界。

現実がSFに追い付いてきたと言われて暫く経ちます。
しかし、自然の猛威を見せつけられた今は、やはりこれはSF…。
高度医療システムもそれを開発研究するのも、電気がなければ始まらない。
それこそ、反重力でも見つけてこないと、人類が石油と電気にエネルギー源を頼っているうちは
SF的世界には手が届かないのではないか。
逆に高度に発達した世界が人類にとってはたして幸せなのかという疑問も常にあるので
手が届かなくて調度いいのではないかとも思えてきます。

大震災の後の原発事故という人的災害。それによる電力不足。
地球上でしか生きられない人類ならば、己の手に余る高度な技術は
使ってはならないということなのだろうか。
または十分便利な世の中に到達していると考え、
進歩だけが生きる糧ではないだろうと問い直す時期がきているということなのだろうか。


生命主義が世界を覆い、生府によるWatchMeを殆どの人が体内にインストールしている世界でも、
辺境の地域にはそれに組み込まれない人々がいて
悪とされる酒やたばこを体内に取り込み、コレステロールたっぷりの食事を摂取している。
WatchMe自体も子供には適用されず、大人になってからだという。
ならば、ユートピアだと誰もが疑わない世界でも
(ユートピアの中にいる人は疑うという感情もないわけですが)
綻びがあり、いつそれが大きくなるとも限らない…。






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