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春江一也著の「カリナン」を読んで

2010-11-23 | 日記
春江一也著の「カリナン」を読んで

「プラハの春」「ベルリンの秋」に加えて、氏の代表作の一つです。

外交官の経験に基づく作品で、登城人物は架空名でしょうが、その内容は事実に即したもののようで、迫力があります。

「プラハの春」「ベルリンの秋」共に、近い内に再読してみるつもりです。

さて、「戦争の世紀といわれた20世紀」とありましたが、20世紀前半には
日清戦争:1893(明治26年)
日露戦争:1904(明治37年)
第一次世界大戦:1914~1918(大正3年~7年)
日中戦争:1937~(昭和12年~)
第二次世界大戦:1941~1945(昭和16年~昭和20年)
と、戦争を続けてきました。

世界に伍して行こうとする日本に対し、先進国といわれていた世界列強は日本の台頭を押さえようとしました。そして、紛争がおきます。

それら国際紛争を武力で解決しようとしたのが、軍部であり、この半世紀の日本の姿でしょう。

そうして見ますと、今の国際紛争も、台頭しようともがく後進国と、今の優位性を維持しようとする自分勝手な先進国との間の争い、そこに軍部がどうかかわるかが、今後の世界情勢ではないでしょうか。
戦争の火種は一杯あるといっていいでしょう。

さて、この「カリナン」では、次のような情報が行き来していたようです。
何処から誰が打電していたのか、甲とは・・・? 読みもらしたようですが、・・・

事実とすれば、アメリカは故意に、政治的に、日本を戦争に誘導したと言われてもおかしくないように感じますが・・・

また、このような重大な交渉の拠点が、このヒリッピンのミンダナオ島にあったとは・・・?

昭和16年5月9日 身辺ニ憲兵ノ監視ヲ感ズ
     5月10日 ・・・邦人ノ間ニ、日米開戦近シノ噂流布
     6月23日 緊急情報アリ。独、ソ連ヲ攻撃ス。
          日独伊三国軍事同盟ノ破綻ナリ。
     7月8日 甲ヨリ秘密情報アリ。
         去ル、七月二日、御前会議ニテ米英トノ決戦辞サズト裁可。
         山本ハ何ヲシテイル。
      (中 略)
     9月8日 秘密通信アリ。
         御前会議ニテ再度,米英蘭トノ開戦ヲ確認。
         鹿児島錦江湾ニテ、ゼロ戦猛訓練トノ情報アリ。
         余、米ニ奇襲攻撃ヲ警告。
         目標ハ、ハワイト確信ス。
     (後 略)
    10月18日 東条英機、内閣総理大臣トシテ組閣。
         最悪ナリ。
         東条,憂国ノ人ニアラズ。官僚ナリ。小役人ナリ。
    11月7日 秘密通信アリ。
         ハル国務長官ト野村大使ノ会談不調。東条ハ開戦ヲ決意カ。
     (中 略)
    11月20日 最後ノ日米交渉不調、開戦ハ時間ノ問題ナリ。
    11月24日 緊急秘密通信アリ。
         日本海軍機動部隊エトロフ島ヲ既ニ発進。
         余ノ情報ヲ評価スト。
    
    12月2日 重ねネテ緊急秘密通信。
         御前会議ニテ米英蘭トノ開戦決定ト。最悪ノ事態ナリ。
    12月8日 緊急無電アリ。
         日本海軍機動部隊、パールハーバーヲ奇襲攻撃ト。
     (中 略)
    12月14日 奇ナル情報アリ。
        パールハーバー奇襲ハ宣戦布告ナシニ敢行サレタリト。
        余,信ジガタシ。武士道ニアラザルコトナリ。
        山本血迷ウカ。
    12月15日 特殊情報アリ。
        ハル激怒セリ、日本人ハ卑劣ナリト。
        華府ノ大日本帝国大使館怠慢ニヨリ、パールハーバー攻撃以前ニ
        宣戦布告ヲ伝達セズ。騙シウチナリト。
        外務官僚、日本国ニ歴史的汚名ヲ被セタリ。
     (後 略)


    
(ミンダナオ島東南部 ダバオ市からミンタルまで約10km? 上記引用文およびこの背景地図は集英社インターナショナル発行の本書より転載しました。)

そして、戦後のフィリッピンには、ストリート・チルドレンたちが、うようよしていたとか。

私も、友人に薦められて、こうした記録映画を見たことがあります。
日本の終戦直後の上野や新宿界隈の姿の継続です。