玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

口にしてはいけない規範

2006年10月23日 | 日々思うことなど
「さくらちゃんを救う会」批判と子供のいじめ自殺事件についてぼんやり考えているうち、約30年前に書かれたある文章を思い出した。
 だいぶ前、ある教育雑誌の記者の来訪をうけ、「道徳教育」について意見を聞かれた。質問の意味、というよりむしろ「道徳教育」という言葉の意味が明白でないので、私は一応次のような返事をした。
「日本の社会に道徳という規制があることは事実でしょう。田中首相の辞職は、その原因が、政策的破綻よりもむしろ道徳的問題のように思われます。ニクソン大統領の場合ももちろんそうでしょうが ――。道徳は一国の首相を辞職に追いこむほど強力で、これから見ても、そういった規範は明らかに存在するのですから、それがどういう規範かを教えておかねば、その子供が社会に出てから非常に困ると思います。従って“現実に社会には、こういう規範があります”という事実は、一つの知識乃至は常識として、系統的に教えておく義務が、教師にはあるでしょう。そうでなければ子供がかわいそうです」
 と言った意味のことを私はのべた。
「ははあ、では道徳教育にご賛成ですな。いまは、大体そういった空気ですな」という、まことに奇妙で意味不明の返事をしてから、相手は「では、どのような点からはじめたらよいのでしょう」
 と言った。
「それは簡単なことでしょう。まず、日本の道徳は差別の道徳である、という現実の説明からはじめればよいと思います」
 と私は答えた。ところがこの返事がまことに意外であったらしく、相手はあきれたように私を見て言った。
「そ、そそ、そんなこと、そんなことを言ったら大変なことになります」
「どうしてですか。私は何も“差別をせよ”と主張しているのではなく、ただ“差別の道徳である”という事実を事実として子供に伝えることが第一だと言っただけです。事実を事実のままのべても、それは事実であるからそれをそのまま口にするだけのこと。口にすること自体は別に大変なことではありますまい。大変なことは、私が口にしようとしまいと大変なことです」
「そうはおっしゃっても、それはまあ理屈で、現場の空気としましては、でも……で、どんな事実がありますか」
 私は簡単な実例をあげた。それは、三菱重工爆破事件のときの、ある外紙特派員の記事である。それによると、道路に重傷者が倒れていても、人びとは黙って傍観している。ただ所々に、人がかたまってかいがいしく介抱していた例もあったが、調べてみると、これが全部その人の属する会社の同僚、いわば「知人」である。ここに、知人・非知人に対する明確な「差別の道徳」をその人は見た。これを一つの道徳律として表現するなら、「人間には知人・非知人の別がある。人が危難に遭ったとき、もしその人が知人ならあらゆる手段でこれを助ける。非知人なら、それが目に入っても、一切黙殺して、かかわりあいになるな」ということになる。この知人・非知人を集団内・集団外と分けてもよいわけだが、みながそういう規範で動いていることは事実なのだから、それらの批判は批判として、その事実を、まず、事実のままに知らせる必要がある、それをしないなら、それを克服することはできない。私がいうのは、ただそれだけのことだ、と言った。
「そんなこと、絶対に言えませんよ。第一、差別の道徳なんて……」
 と相手は言った。
「ではあなたは、たとえば三菱重工の事件のような場合、どうします」
「ウーン、そう言われるとこまるなあ、何も言えなくなるなあ」
「なぜこまるのですか、なぜ何も言えなくなるのですか。何もこまることはないでしょう。それをそのまま言えばよいはずです。みなはそうしているし、自分もそうすると思う。ただし、私はそれを絶対に言葉にしない。日本の道徳は、現に自分が行っていることの規範を言葉にすることを禁じており、それを口にすれば、たとえそれが事実でも、“口にしたということが不道徳行為”と見なされる。従ってそれを絶対に口にしてはいけない。これが日本の道徳である。おとなたちはみなこうしています。だから、それが正しいと思う人は、そうしなさい、と言えばよいでしょう」
「とんでもない、そんなことを言ったら大変なことになります」
「なりませんよ。表現さえ変えればね。というのは、みながそうしているのは、知らず知らずのうちに、そう教えられているからでしょう。あなたが、そうするのも、そう教えられて来たからでしょう。結局みんな、以上のことを、非系統的に断片的に、周辺におこった個々の事例への判断を口にするに際して、子供に教えつづけてきたからでしょう。そしてそれは、少しも”大変なこと”じゃなかったでしょう」
「そういえば、そうですが……」
「ではそう書けばいいでしょう。あたなも、“そういえばそうだ”と賛成されたのだから」
「とっても、とっても、第一、編集部がうけつけませんよ」
「どうしてですか、言論は自由でしょ」
「いや、そう言われても、第一うちの編集部は、そんな話を持ち出せる空気じゃありません」

「空気」の研究 山本七平・著 より引用(p11-14)


最初に自分が何を考えていたかは忘れてしまった。
『社会』 ジャンルのランキング
コメント (8)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 温度差 | トップ | 平壌に飛んでヒーローになろう »
最近の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
半島の話かと思ってしまったw (N)
2006-10-23 20:35:16
半島の道徳は差別の道徳である。じゃないの?

身内を持ち上げまくるし。

上司を社外の人に紹介する場合を比べれば一発でわかりそうなもんですけどw



日本では世間様と言う言葉がありますしね。



まぁ最近ではそうでも無くなって来てるのかなぁ(^^;;
Unknown (通りすがり)
2006-10-23 20:35:34
偶然ですが、昨日この本を読了したところでした。

読みながらなんともいえない気分になりました。最近のさまざまな事件報道が頭に浮かんでもきました。



山本氏の指摘された「空気」は今もありますね。事件報道などで気づかされるものに限らず社会のあちらこちらに潜んでいます。



しかし現在、30年前よりは多少は風通しのよい社会になってきたのではなかろうかと……やはり最近のいろいろなことを思い起こして考えたりもいたしました。
同調圧力 (玄倉川)
2006-10-24 01:35:24
>Nさん

なぜいきなり韓国(北朝鮮)を引き合いに出して貶めるのかわかりません。

私にはちっとも面白くありません。

もしかしてNさん自ら差別の実例を示してくださったのでしょうか。



>通りすがりさん

ネットのおかげで「世間」では言いにくいことも匿名で気軽に主張できるようになりました。

マスコミが「空気」を作り出す力は弱まりましたが、2ちゃんねるなどでの自然な(?)群集心理が暴走することもあります。

マスコミやネットから煽りや決め付けが少しずつでも減ってくれることを願っております。

身内またはカルネアデス (straymind)
2006-10-24 09:10:51
 外紙特派員という立場から見た日本企業爆破の現場というのは少し特異な状況ではないでしょうか。



 たとえば日米の経営体質を見ると特に大きな企業になるほど日本は福利厚生重視で社員丸抱えの「経営家族主義」(←一時外資の影響で薄れていましたが復活の兆しあり)、米国は個人主義に基づき社員の能力を商品と見て扶養家族が何人いてもそれは個人の事情として手当ても何も出さず、平は薄給で重役はVIP待遇の「能力差別主義」。



 そういう環境の違いで、爆破事件が起きて重傷者が何人も道に転がっていれば、日本なら「知人」と言うより「身内」にまず反応してそちらを助けようと駆けつけるし見知らぬ人はその次という心情になるのはよく分かります。米国だったらもともと他人同士ですからそういう身内感覚は働きにくい。しかし、実際にその中に家族なり愛人なりがいたら、知らない人をまたいででも真っ先に駆けつけるでしょう。



 これが「周りに誰も知人がいない公共の場所での事件」だったら、そういうことは起こりえないでしょう。事実地下鉄サリン事件などではそうだったのではないでしょうか。



>「人間には知人・非知人の別がある。人が危難に遭ったとき、もしその人が知人ならあらゆる手段でこれを助ける。非知人なら、それが目に入っても、一切黙殺して、かかわりあいになるな」



 ですから、これは私には個人間の情動行動そして分かりますがそれを「差別の道徳」とまで一般化できるものではないなぁ、と感じました。



 しかし、日本では身内意識が道徳規準となりうる、と言う点では、なるほどなと思えるところもあります。
ネットでは特に (mui)
2006-10-24 16:03:27
身内意識は強いという場をいくつか見ています。

身内を守るためなら事実を否定したり、事実でない事を事実と言ったり。

知性があると思っていた人が、とんでもないことを言ったり。

そういうことを自分もそうである事実として、戒めとして知ることが大事だろうな、と感じています。
身内意識 (玄倉川)
2006-10-25 02:13:07
>straymindさん

山本七平の日本人論が、たとえば社会学的な調査で検証可能かというとどうも怪しいですが、常識を揺さぶり目の中のチリを落とす効果は充分あるものと思います。



>muiさん

仲間を大事にするのは何も悪いことではありませんが、「他人」を軽んじることで身内意識を強めても長期的には逆効果になりそうな気がします。
はじめまして (fester)
2006-10-31 17:24:53
これは面白い本を紹介していただきました。今まで疑問に思っていたことが、いろいろと理解できるようになってきています。どうもありがとうございました。
山本七平 (玄倉川)
2006-10-31 18:50:23
festerさん、こちらこそはじめまして。
山本七平の本はどれも読みやすくて「日本人とはなにか」を考えさせられます。
私が特に衝撃を受けたのは帝国陸軍三部作です。
「私の中の日本軍」「一下級将校の見た帝国陸軍」「ある異常体験者の偏見」
どれも文春文庫から出ています。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日々思うことなど」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事