玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

ケンタッキーと「ゴキブリの言葉」

2007年12月07日 | 日々思うことなど
「流言蜚語」という言葉がある。「蜚」という漢字の意味はゴキブリだそうである。
まさにゴキブリ並みに馬鹿で下品な元バイトの駄法螺のせいでケンタッキーフライドチキン(以下KFC)が大いに迷惑を被っている。

「ケンタでゴキブリ揚げた」mixiに虚偽書き込み男子が謝罪(産経新聞) - Yahoo!ニュース
 「日本ケンタッキー・フライド・チキン」(東京都渋谷区)の千葉県内の店舗でアルバイトしていた高校3年の男子生徒(17)が、インターネット上の自分の日記で「店内でゴキブリを揚げた」と虚偽の書き込みを行い、同社に謝罪していたことが6日、分かった。同社では「事実無根であり得ない話。きわめて迷惑している」(広報室)としている。
 同社によると、男子生徒は5日未明、会員制コミュニティーサイト「mixi」の自身の日記に「(吉野家の豚丼の騒動が)おもしろすぎでしょ。バイトしてればそんなことやっちゃうよねー。ケン○ッキーでゴキブリ揚げてたムービー撮ればよかった」などと書き込んだ。
 この記述などを見て、ネット掲示板「2ちゃんねる」で「気持ち悪い」などと話題が沸騰。同社にも「本当なのか」などの問い合わせが相次いだ。
 男子生徒は5日夜、学校の教員や保護者を同伴して、アルバイトしていた店舗を訪問し、「仲間内で見えを張った。こんなに騒ぎになると思わなかった」と謝罪したという。男子生徒は有名私大の付属高校に通っているという。

「ゴキブリ揚げた」mixi日記は「事実無根」 ケンタッキーに「本人が謝罪」 - ITmedia News
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痛いニュース(ノ∀`):「“ゴキブリ揚げた”は事実無根。ありえない」 ケンタッキー広報激怒…元アルバイト少年が保護者、教員同伴で謝罪
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日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社 ネット投稿に対する当社の対応について
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この件について私はKFCに同情する。完全な被害者であり、対応にも落ち度はないと思っている。
別にKFCの利害関係者でも熱心なファンでもない。KFCの宣伝する「11種類のハーブ」について疑念を抱いているが、それはそれ、これはこれである。

「絶対やったに決まってる」とか「やった可能性が高い」とか「KFCの否定は信用できない」と思っている人たちはどうか落ち着いてほしい。何かを事実と認めるにはそれなりの根拠が必要だ。ゴキブリフライを事実と認めるに足りる証拠はあるのか。浅墓なガキによるmixiでの書き込み(本人は後に「見栄を張った」と言っている)以外に何もないのではないか。
吉野家の「メガ豚丼」騒ぎのときはビデオがあったが、今回はどうか。物的証拠は何もない。本人以外の裏付け証言もない。客観的実体は何もなく蜃気楼のような「事件」である。むしろ事実と信じるほうが難しい。「物理的に可能なこと」と実際に行われたことはイコールではない。証言すなわち事実ではない。
ネット利用者の多くはメディアリテラシーが高さを自認しているが、2ちゃんねるなどで多くの人がお調子者の法螺(現時点ではそうとしか思えない)を真に受けて大騒ぎしているのを見ると情けなくなる。「永田メール」のときの民主党前原執行部の恥さらしを思い出す。

おそらく騒いでいる人たちの多くは心の底から事実だと思っているわけではなく、「もし本当なら大変だ」という気持なのだろう。それはわからなくはないが、「もし本当なら」の検証を二の次にして「大変だ」に心奪わるのはどうかと思う。事実をおろそかにした心配は杞憂とか空騒ぎの類であって、はっきり言ってみっともない。
数年前に著名な言論人とブロガーが対決した「空白の10分間」騒ぎというのがあった。

小泉訪朝における空白の10分間事件 - Wikipedia
Irregular Expression: 西尾幹二のソース ロンダリング「空白の10分間」

西尾幹二氏・中西輝政氏という保守派の大物が三流メディアの書き飛ばしを真に受けて「もし本当なら大変だ」と大騒ぎし、gori氏をはじめとするブロガーに厳しく突っ込まれた。批判に耐えかねた西尾氏は陰謀論めいた主張をするようになり心ある読者を呆れさせた。


「事件」の実在性云々より「KFCの対応」を批判する声もある。
「説明責任を果たせ」「誠意を見せろ」というやつだ。私はこの手の意見にもあまり賛成できない。
そういうことを言う人は、何をどうしたら説明責任が果たされ誠意が示されたと認めるのだろうか。あまり具体的に考えているようには見えない。仮にKFCが大々的に調査し客観的資料を公表しても重箱の隅をつついてケチを付けそうな気がする。もちろんこれは私の偏見である。
そもそも元バイトの証言による「ゴキブリフライ事件」は単なる思い付きのいたずらでしかない。仮に事実だったとしても(私は信じてないが)具体的な証拠は残っていないだろう。社員や他のバイトに見つからないようにやるだろうし、揚げたゴキブリを保管してはいないだろう。だとしたら事件について大掛かりな調査をするだけ無駄である。

最近話題になった食品偽装問題では、会社の命令あるいは黙認のもとに継続的に偽装が行われていた。作業にかかわる人間は多く物証も残る。これなら調査によって事実が明らかにできる。だが、「ゴキブリフライ」のように一回限りのいたずらの有無をどれほど調査しても意味のある結果は期待できない。むしろ「KFCではそんないたずらが日常的に行われているのか」といった憶測を呼び会社のイメージダウンにつながりかねない。
「事実無根」と言下に否定したKFCの対応は正解だ。たぶん内部では店舗の衛生状態やバイト従業員の採用や教育について厳しく見直されるだろうが、「疑心暗鬼に取り付かれた人たち」への言い訳のために誠実ぶる必要はない。


調査の必要性についてはニセ科学「水からの伝言」に対する「検証実験要求」に通じるものがある。
もちろん「食品業界の従業員はいたずらをしない」というのは「水が言葉に反応することはありえない」と同じくらい厳密に証明されているわけではない。だが、どちらも社会における健全な常識として維持されるべき概念だと思う。争う余地のない明白な反例が表れれば真剣に調査しなければならないが、おっちょこちょいの法螺を真に受けて大騒ぎするのはむしろ有害だろう。

「水からの伝言」が事実でないというためには、実験で確かめなくてはいけないのでは?
科学者の側で実験をして確かめないでも、「水からの伝言」が事実でないと言いきれるのだという話を聞いて、「実験に対しては、実験をして反論するのが、科学というものではないのか?」と疑問に思われる方もいらっしゃるようです。それはまったくの勘違いで、科学というのは、そういうものではありません。
この話は蛇足かもしれないと思うのですが、やはり、このような疑問をもつ方がいらっしゃる以上、少し説明しておこうと思います。

科学の世界では、何か新しい考え方が本当かどうかが問題になるときには、新しい説を提出している科学者に、説得力のある証拠を提出する責任があります。 新しい説を信じない科学者が、無理をしてまで、反対の証拠を出す必要はないのです(もちろん、自分の研究の方向とうまく一致するなら、反対の証拠を出す場合もあります)。

kikulog:「水からの伝言」と反証問題

さて、もうひとつの「反証実験が不要なわけ」(というより、無駄なわけ)として、どんな反証実験をしたところで、信じている人を説得できるわけではないということがあります。mixiの「水伝」コミュで「どのような反証実験ができたら、信じるのをやめますか」という質問を投げたことがありますが、意味のある提案はありませんでした。
「信じていない人たち」からは多くの提案があるのですが。ここではっきり言っておきますが、「信じていない人」の提案なんか、なんの役にも立ちませんよ。信じている人の気持ちは信じている当人にしかわかならないのですから。
もっとも、信じていない人が「どうしても反証実験をしろと命令されたら、こんな実験をすればいいのかなあと考えている」という意見を集めてみるのはそれはそれで面白いかもしれませんね。
 
というわけで、ここでもう一度(何度目かな)きいてみたいと思います。"「水からの伝言」は事実である"と信じているかたで、"こんな実験ができたら、「水からの伝言」は嘘だと納得する"という提案があれば、ぜひお知らせください。あるいは、今は信じていないがかつては信じていた、というかたで、"こんな実験があればよかったのに"という提案でもいいです。信じてる人はあまりこれを読んでないと思うので、後者のほうが可能性があるかもしれませんね



ここまでは「ゴキブリフライ事件は真に受ける価値のない法螺である」という前提で書いてきたが、それならどういう場合であれば私が「ありうる」と認めるのか書いてみよう。
まず物証の存在である。「メガ豚丼」のようなビデオ、あるいはゴキブリフライの実物が出てくれば「これは本物だ」と誰もが認める。もちろん私だって怖気をふるう。
次は本人以外の証言。複数のバイト仲間や従業員が「そのようないたずらが行われているのを見た」と言ったり、学校の友達がゴキブリフライを見せられて「これ、バイト中に作ったんだぜ」と自慢されたとか。
物証や証言がなくても、本人があまりにも異常であれば実際にやった可能性は高まる。たとえば妄想性人格障害など。
あるいは「店でいじめられて復讐の機会をうかがっていた」といったことがあれば嫌がらせとしてやる奴がいるかもしれない。清酒の始まりは慶長5年に「下男が叱られた腹いせに濁酒のなかに灰汁を投込み、偶然に生まれたのが最初」という伝承もある。
だが、今回の場合はそのような情報はまったく伝わっていない。今のところは「お調子者の馬鹿が法螺を吹いた」以上の何かがあるとは思えない。そう考えるのがオッカムの剃刀に適い、経済的で合理的だろう。


もちろん疑う心は大事である。
光市母子殺害事件の裁判で「弁護人のやりかたはおかしいのではないか」と疑ったり、今回の事件で「KFCの対応は問題があるのではないか」と疑うのは結構なことである。健全な疑いは適度な運動のように精神を強くする。だが、無茶なハードトレーニングが体を壊すように過剰な疑いは精神の健康を傷つけてしまう。
恐怖や怒り、恐れといった感情は非常に強いものだから、疑いがそれらと結びついたときに客観的事実を知ることをおろそかにして「強い疑いそれ自体が疑いの根拠」という状態に陥ってしまうことがある。それは健全な精神状態ではない。盲信が愚行に結びつくように、がむしゃらで頑固な疑い(「盲疑」とでも呼べばいいのか)に取り付かれた人は危なっかしい。
人間の知力や知ることのできる情報には限りがある。今回の事件でも全ての人が完全に納得するような調査を行うことは不可能だろう。怒りを燃やし疑いに取り付かれた人は他者を糾弾するばかりではなく「自分は何を求めているのか、どうすれば納得するのか、それは常識に沿うのか、現実的に可能なことなのか」自分に問い直してみてはどうだろうか。


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6 コメント

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単なる法螺話だと思うが (南郷力丸)
2007-12-07 20:44:11
 この話はここで初めて知ったのですが、私としては、元の日記を見てもゴキブリを揚げたということより、おそらくバイトしていたも事実でないと推定したと思います。でも、こういう法螺話を公開するような人が「本当にKFCでバイトをしていた」というのが意外でした。
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Unknown (紗穂瑠)
2007-12-08 01:23:46
私は、この話のKFCの対応としては「該当店舗と推測される店舗は保健所の検査を受けます」というところかと思います。
どれだけ大きな話になるか分かりませんが、最悪1日業務を停めても保健所に確認してもらうというのが信用回復の一歩だと。
今回とは違いますが、偽装の件でも内々で済まそうとしていたために信用を失ったので、さっさと外部から監査を受けたほうが早いと思いますが。

まぁ、それでも何か言ってくるならイナゴだと考えてもいいですが。第三者のお墨付きをもらうのも重要だと思いますよ
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Unknown (straymind)
2007-12-08 11:09:00
前段のゴキ騒動に関しては元ネタがあまりにおろかだったこと、それを見てエンガチョ騒ぎをしていたのが更におろかだっただけだと思うんですが、その愚か者も数の圧力が生じるということでしょう。その点でオッカムの謂いに同意。

「盲疑」はまた別の心理状態だと思うんですが、社会的に求心力を持てば、結局そのまわりにゴキ騒動同様の状況が生まれるんでしょうね。

このような不安やエンガチョが経済活動に関わってくるというのは、ある意味超低脳な計画経済を招来しそうで、怖いです。
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Unknown (Unknown)
2007-12-08 15:29:36
KFCにモモ肉なし。
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Unknown (せせらぎ)
2007-12-09 03:27:18
一応今回の事件のあらましを見てみましたが、
ゴキブリを揚げたんじゃないか、という消費者の不安に対してのKFCの行動が
なにも見られない、ということが問題だと思います。

日記の掲載が発覚した当日にKFCに問い合わせたところ、「事実無根」だと即答されたとあります。
(つまり、何の調査もなされていないということです)

その後はKFC広報が「本人の証言」のみを根拠に、ゴキブリを揚げた事実はないと言っているのです。

やったという証拠がない代わりに、やっていないという証拠もないに等しいのですから、
紗穂瑠さんがおっしゃるように、なにがしかの外部機関を入れてのアクションをとるのがよいのではないでしょうか。

とても信じられないような事件が昨今次々と起きているのも事実なのですから。
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昆虫は熱に弱い (長崎発:ひとり)
2007-12-09 05:08:46
こんにちは
 数年前に友人が天麩羅を揚げていたらゴキブリが飛び込んで「即死」と申しておりました。この少年はなかなか死なないと書いていたので ダウト!だと思います。フライなら油は170度前後でしょう。
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