黒古一夫BLOG

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「理念(理想)」なき政治(3)―民主党は、もうダメだね!

2011-12-23 15:10:51 | 近況
 昨夜のテレビでも伝えていたが、「八ッ場ダム建設継続」と大見出しになった今朝の新聞を開き、ことの詳細が分かってまず思ったのは、「ああ、もうこれはダメだ。何のための政権交代だったのか? この国において真の民主主義は存在しないのか? 民主党がこんな体たらくだから、橋下などというファシストが大手をふるって政治の世界を我が物顔に闊歩するのだ」というようなことであった。
 行政改革、無駄削減、公務員改革、国会議員の削減、高速道路の無料化、こども手当二万六〇〇〇円の減額、等々、政権交代が実現してからの二年半余りで民主党が行ったのは、政権交代時に掲げていたマニィヘストをほとんど「廃棄」することであった。「八ッ場ダムの建設継続」は、その最後の砦とも言うべき「八ッ場ダム建設中止」も、また国交省(建設族議員・経済団体、など)によって覆されたということであり、改めて何のための政権交代であったのか、を民主党に投票した者全てが自らに問わなければならないのではないか、と思われるような「大きな出来事」に他ならない。もうこれで、総選挙を行えば民主党は政権を投げ出すだけでなく、今でもそのような動きは存在するようだが、「党分裂・瓦解」が起こるのではないか。そんな状況だからこそ、橋下などというファシストが足下を見透かしたように「大阪都構想に理解を示さなければ、我々大阪維新の会は対抗馬をたてるぞ」などという脅しに脅えて、「ニコニコ」して出迎え、文科省大臣など絶対に後の世代から「天下の悪法(条例)」と言われるような、大阪維新の会のファシズム的体質をよく現している「教育基本条例」を歓迎する(理解を示す)などという「おべっか」を使わなければならないという羽目に陥ってしまうのである。
 さて、八ッ場ダムのことであるが、前にも書いたことがあるが、ダムが建設されようとしている「川原湯温泉」を流れる「吾妻川」は、全国的にも有名になった「上毛カルタ」で、「耶馬渓しのぐ吾妻渓谷」と読まれる自然が豊かな一級河川であるが、そこにダム建設問題が起こるまで、群馬県人なら誰もが魚や生物がほとんど生息できない「死の川」として、また夏になっても子供が誰一人「川遊び」しない川として知る川であった。上流に戦時中に「火薬」を得るために大々的に開発された「硫黄鉱山」がたくさんあり、そこから流れ出した硫黄混ざり、ヒ素混ざりの「酸性の水」は、飲料水としてはもとより、魚さえ生息できない水(川)になっていたのである。
 そんな「死の川・吾妻川」が蘇ったのは、八ッ場ダム建設が持ち上がり、死の川では「首都圏の水瓶」としてまずいとの配慮から、硫黄やヒ素を大量に垂れ流す吾妻川の支流に「中和施設」を作り、24時間石灰で中和しないとすぐに「酸性」になって川の生物を皆殺しにしてしまう「危険きわまりない川(水)」なのである。そんな川の水(ダムの水)を飲もうと何故言うのか?(たぶん、荒川水系や多摩川水系、地下水で間に合っている首都圏は、水道水としてはたぶん利用しないだろうが、「水道水に使う」と、石原慎太郎東京都知事や埼玉県知事など建設推進派は、言い続けてきている)僕には全く理解できない。
 民主党が政権公約(マニィヘスト)のトップに九州の川辺ダムと並んで八ッ場ダムの建設注視を謳ったのも、このダムが「無駄」の象徴だったからのはずなのに、「建設継続」などという「理不尽」なことが何故起こったのか。理由は、経済が知ろうとな僕にもわかる。官僚主導の経済(産業、就中ゼネコンなどの土木建設業)優先主義思想に、「改革」派が屈服したのである。僕は、ここまで書いてきたことからも分かるように「八ッ場ダム建設反対」の立場に立つが、だからといって全ての公共事業が不必要だと言っているわけではない。砂防ダムや道路、橋、港湾、等々、僕らの生活に必要付加家な公共事業はものすごく存在する。それらは僕らが現在のような「生活」を続けていく限り、絶対必要なものである。僕が問題視しているのは、ゼネコンの「談合」が象徴しているような、国(加療)が関与する大規模な公共事業が、「税金の無駄遣い」になり、そのような無駄遣いによって、結果的に僕ら生活が圧迫される現在の公共事業を巡るシステム(構造)を否定し、そのような公共事業の在り方に反対するのである。前にも書いたが、中国山地の間を走る高速道路をレンタカーで走ったとき、二時間走って対向車線を走る車(すれ違った車)が五,六台という現実を見れば、その高速道路はまさに税金の無駄遣いとしか思えず、これこそ「借金王国・日本」を象徴するものだと思わざるを得なかった、ということがある。
 いずれにしろ、もう民主党政権が再浮上することはないだろう。野田首相は、その最後の後始末をした総理(飛ぶ鳥、跡を濁した政治家)として永く記憶されるだろう。本当にどうしようもないね。田んぼのドジョウだってもう少しマシだと思えるのに……。
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