筏(かせ)黒鯛 四季織々・・

ホームグランドである千葉県 富浦筏(かせ)釣りをメインに日々の戯言を綴る忘備録ですわ。

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ONCE UPON A TIME ~ AFTER 1989

2012年02月25日 | 日記





今から24年前の釣り雑誌。
今も大切にとってある。
当時私は21歳。
義務教育すらまともに卒業出来たのか定かでない青春時代以降も推して知るべし。
放浪徘徊の暗黒時代。
仕事なんてものはせず世捨て人の様な暮らしぶりの中、友人に金をせびり食い繋ぎ、それでも揚々と生きていた。
有り余っていた時間の中で尚更の暇つぶしにと釣りを始めたのもこの頃だ。
日雇いで得た微々たる金で量販店でセット売りを買い求め、友人のバイト先の車を拝借し近くの海でちびちびとした釣りをしていた。
当時、黒鯛なる魚は高嶺の花なれど、グラビアでは三重県堂ノ浦や京都の日置筏などの釣り風景が掲載されていて、なんとも言えない情緒溢れるロケーションやシンプルな道具立てに始まり、とても魅力的に写った。想像するだけで溜息交じりで彼の地に想いを馳せつつ千葉にも筏釣り場出来ないかなぁ・・等と思い巡らせていた。





当時関東では唯一静岡県清水に釣り場があるのは知っていたが、そこまでして行ける訳もなく時が過ぎ、自身の人生も紆余曲折を経て今日に至る訳だが、この間磯の上モノに始まり、天候不順で島止めもナンのその東正筋のお抱え竿師を得て石鯛釣りに明け暮れ離島通い他、実に多種多様な釣りに手を染めてきたが、平成10年を過ぎるといよいよ千葉にもかかり釣り場が富浦はじめ勝山にも相次いでオープン。
開設当時は離島通いに精を出していたので行けなかったが、常に心の片隅にこのモノクロの記事があった。
離島通いの合間に見よう見真似で始めた富浦での”かかり釣り”。3回目にしての思し召しに歓喜したセピア色の記憶が鮮やかに甦る。
あれから10数年・・・様々な出会いの中で少なからずの啓蒙啓発を享受しながら、自分なりのスタイルと言ったものの構築は現在も続いている。この釣りの合理性と理論、詫び寂びにも似た釣り情緒。
今ではこの釣りしかやらなくなった。

唯一手元に残してある当時のこの一冊。
時折こうしてこの本をめくる度に、当時渇望していた若かりし頃を思い出す。












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摩天楼を見上げて・・・・「ただいま!」

2012年02月23日 | 日記








ようやく・・・ようやく案件が手許を放れた。
あらゆる角度から起こりうる事態を想定し、事前の取り決め他諸々。
やれるだけの事はやれたと思う。

後はプロに任せておこう。

末筆ながら・・
毎アップごとに500近いアクセスを頂いております「黒四季」を、ご一読頂いている
皆々様へ。
この度は大変ご心配をお掛け致しましたが、近日中に大好きな”富浦”での釣りも再開
出来そうです。
各方面方々より、励ましのメールや御気遣い頂きこの場をお借りして感謝申し上げます。






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しばらくの間お休みします。

2012年02月16日 | 日記
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それでも・・・オヤジは親父

2012年02月12日 | 日記






今日は何やら朝から慌しい。
先日の事。前妻から電話があり倅が公式の紅白戦に出るので観に来れば?との誘いを受け当日の予定を調整。
拙宅から徒歩10分のマリンスタジアムへと足を運ぶ。
ベンチ周辺やグランドでは賑やかに、それぞれのお子さん達を囲み試合前の和気藹々。
当然の様に私は倅には内緒のお忍び観戦。事情を察しておられる父兄会の方の計らいで案内されたのは、シーズンが始まれば戦況を刻一刻と戦況を伝えるネット裏のプレスシート。良いんだか悪いんだか妙な気分だが、寒さを凌げるのは有り難い。




プレスシートに居る事がバレてしまえば元も子もない中、間近に見える倅の成長に目を細める。
大した進展も無い中、試合は中盤に差し掛かり5回表の攻撃。1者凡退で倅の打席。
ポテンヒットながら相手守備のミスもありすかさず2塁へ駆け込みスライディング・セーフ。ここまで見届け後ろ髪を引かれる思いだが、仕事もあるので試合途中だがスタジアムを後にする。現場に入り一通りチェックし、朝のブリーフィング。
今日は、先日お誕生日を迎えられたご子息のバースデイ・ランチで釣友ファミリーがゲストでお見えになる。


その他も予約で全時間満席だが、心して営業に邁進する。

午後、程なくして落ち着き、先日の土地の区画割の件で現地での打ち合わせの為に出るべく一服がてら携帯を見ると・・・前妻からの着信が多数。メールもチェックすると・・先の試合中、まさにあの時のヘッドスライディングで私が退座した直後に激痛が走り病院へ運ばれたそうだ。



夕方、近隣の病院へと倅を見舞う。ユニフォームを着たまま横たわる姿に倅の悔しさ、無念を知る。
勿論ヘッドスライディングの件も知らない素振りで振る舞い、労う。
幸い大事には至っていないが、勢い余ってのスライディングで著しいギックリ腰になってしまった様だ。向こう一ヶ月は好きな野球もお預けだ。ちょっぴり切ない黄昏時。



帰宅してみると家内が心なしか上機嫌。
「ハイっ!」と手渡されたのは8日に45歳になった私へのプレゼント。何やら理由ありきで届くのが遅くなったそうだ。



この歳にもなると「気持ち」だけで十分満たされる。
先日の事。私の職場まで、わざわざ足を運んで下さった釣友からも心のこもったプレゼントも同様。何よりも「気持ち」が嬉しい。



ネーム入りのソムリエ・ナイフ。(理由はネーム入れに時間を要した様です)
家内は知ってか知らずか、旧ナイフが相応ガタがきていただけに嬉しさもひとしお。
釣友から頂いたヒートテック同様身も心も、ほんわか・・じんわり温まります。

いつの日か息子(達)にオヤジと呼ばれる日を楽しみにしている。

ちなみに本日の富浦ですが、水温14・3℃。
釣り客も少なく釣果無しとの事。
乗っ込みもまだまだ散発的ですが、これからも楽しみな富浦です。
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木を見て森を見ず

2012年02月11日 | 日記
未明、風は”ゆるり”とも動かない。
南の天空には半月。ベイエリアの水面を弱々しく照らす静寂。随分と天高くなったその航跡に季節の移ろいを知る。日頃は平日釣行が多い私だが、今日は久し振りの週末釣行と言う事もあり、新旧混ぜての常連さん方々にもお会い出来るのを釣り同様楽しみにしていた。

出船前の賑やかな港。









いつもの1番筏へ。
今日は久し振りの富浦を楽しみにしていた友人も一緒だ。
一通りスタンバイを済ませ一服しつつコマセを打つ。
今日は満潮が7時~干潮が13時の後中潮。前日夕方に強く吹いた西風の影響か潮色は笹濁り。
水温は前日とほぼ同じの14℃。釣り始めの潮流れは上潮の動きは鈍く中層~底は強く、筏足元へと追っ付けの流れ。沖に団子を打ち足元へしっかりと場を作る事をイメージ。正面から半扇状に筏足元へと流す釣りが続く。予報に反して時間を追うごとに北東風が強く吹き始め波頭はウサギが飛んでいる。筏の揺れもウネリと共に相応、時折強烈なウネリで波が筏上にも上がってくる。
これが真北の風なら即撤退だろう。昼前には落ち着くであろう事を信じて打ち返す中、一時間程で餌取りアタリが出だす。
へダイ数枚と戯れるが徐々にヒイラギが顔を出し始める。
これが寄ると厄介だ。早めに勝負を掛けたい。徐々に追っ付けの潮も緩み始めてきた午前10時頃。黒が入ってくれば散るであろう事を期しつつ、その時を待つ。
カセ10mではI御大が型モノを仕留めたようだ。程なくして2番筏でもタモ入れが見て取れる。
潮の「緩みはじめ」。正に大切なキーワードだ。
その大切なキーをどこかに忘れてしまったのか、何かが噛み合わないのか自身の拙い釣技を友人との談笑で誤魔化しつつ攻めに決め手がないまま時間だけが過ぎる。ヒイラギを始めとした小うるさい餌取りの数々を凌ぐには、ガン玉を打ちベタ底~トントン~
這わせを多様、なるべく餌が浮かぬ様攻めるのが定石であろう。
しかしながら結果としての攻めはゼロフカセに終始していたのは、自身のスタイルなのか、釣れると言う思い上がりにも似た気持ちがあったのだろう。ボラが回ってきたのか紛らわしいアタリで掛けてしまう。
昼前から潮流れも無くなり、時折餌取りも静かになる。「今だ・・」気配も十分に感じている。
幸い風もこの頃になると止んで凪の海。ここで掛けなければ・・。
5mカセも同時刻に型モノが上がった。
友人に「居るぞ・・下に」と告げての2投目。小さなアタリ~穂先を「ッく」と押さえ込むアタリに合わせを入れると
「乗った!」・・立ち上がり、追い合わせを入れ思い通りの掛けで気分良くヤリトリをしているとラインのテンションが無くなり痛恨のバラシ。
針ハズレ。気を取り直し攻め、20分後も掛けるが同様針ハズレに天を仰ぐ。
程なくして再びヒイラギの猛攻に手を焼き残念ながらタイムアップ。

木を見て森を見ずの諺通り。何かが見えていなかった、いや・・見ていなかった自分の拙さが口惜しい。
基本の「き」の大切さを痛感した一日だった。

全体ではいずれも年無し52cmクラスが3枚。
くれば型モノはこの時期ならではの醍醐味。風光明媚な富浦の海は私にとっての学舎。



近いうちの再訪を願いつつ筏を後にした。
心なしか陽の光も弱々しい冬のそれと違い確実に春に向っている。

もっと釣りが上手くなりたい。
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