黒田武士竹森新右衛門

2007-04-24 11:46:22 | Weblog
面白い話がある。黒田が近江から備前福岡、姫路へと流浪してきたころ、如水の祖父重隆一家は大百姓の竹森新右衛門の農奴の空家を借りて住み、わずかに一振の太刀と一領の甲冑を持つのみというほど零落していた。しかし、日々、黒田家は食うや食わずの中でも古典の素養に励んだり、立ち居振る舞いが高貴な品性を漂わせていたのをみて、只者ではないと感じ、新右衛門は自家の行く末を黒田に託すことにした。なんと、母屋を重隆父子に明け渡し、竹森一家は農奴の空家に移り、重隆の家来になったのだ。ある日、重隆は夢のお告げを受け、廣峯大神宮の祈祷札につける目薬(黒田家家伝)を創ったことにより大きな財を成しその身代はますます大きくなっていった。竹森新右衛門の人を見る目は確かで重隆、職隆(もとたか)、孝高(よしたか:如水のこと)と代々家来は増えていき、黒田は小寺家の家老までになった。竹森新右衛門の子孫は黒田に尽くし幾たびの合戦にも手柄を立て後に黒田が筑前52万石の太守となった時三千石の重臣に取り立てられている。なぜかしら竹森新右衛門に男を感じてしまうのです。新右衛門はすごい。自分なら大百姓でそこそこの暮らしのできている目の前の小さな利得しか見えずましてや母屋を譲り農奴の住むような部屋に自分の家族共々移るなど考え付かない。人間は何時の世にも謙虚に学び、品格を磨き、厳然たる姿勢を保ちつつ生きていれば誰かが見ているのです。
ジャンル:
モブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 福岡城歴史市民の会3 | トップ | 今日から2~3日出張です。 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事