ビスクドール・雛人形店・五月人形 佐久市 ヤナギダ店長ブログ

明治28年創業で,ブリュ・ジュモー64体他お節句雛人形をフランスへ輸出123年、軽井沢方面がお店の場所。

 ー刹那ー

2018年03月12日 17時41分55秒 | owarai

広いガラスの自動ドアの向こ
うに、ベンチがいくつか並んで
いた。まるで恋人たちに必要な
孤独を守ろうとするかのように、
ベンチとベンチの間隔は遠く、
離れていた。

ひとつだけ、空いているベンチ
があった。
見えない手に導かれるようにし
て、わたしたちはそこに腰かけた。

忘れな草の水色を滲ませた、夕暮れ
前の空。

ときどき、急に何かを思い出したよ
うに、吹いてくる突風。
ごーっと唸るジェットエンジンの音。
日常から切り離された、どこかよそ
よそしい、緊張を孕んだ空気に包ま
れて、わたしたちはただ、寄り添っ
ていた。

あのひともわたしも、言葉を失って
いた。五分前に会えた。でも五分後
に迫っている。別れを前にして。
目の前で、まるで意を決したように、
一機の旅客機が飛び立とうとしてい
た。

「あれが俺の乗る飛行機だったり
して」
と、あのひとは言って、わたしは
顔を覗き込んだ。泣き顔のように
なってしまっている、わたしの笑
顔を。

「俺けっこうドジだから、そういう
こと、よくあるんだよね」
わたしは黙って、あのひとのそ
ばに座っていた。喉がからから
に渇いていた。けれど、それは
何かを飲んでも、決して癒えな
い渇きだと知っていた。

「よく来てくれたね」
そう言ったあのひと声は、心なし
か、掠れていた。

「会いたいから」
「さっきは、驚かなかったなんて
言ったけど、ほんとはすっごく驚
いてた。心臓が止まりそうなくら
い」
「驚かせてごめんなさい。でもどう
しても会いたくなって」

「俺も。もう、どれだけ会いたいか
ったかというと」
言葉はそこで途切れて、長い両腕を
持てあますようにしながら、ぎこち
なく、それでいて、まるで電流のよ
うに容赦なく、あのひとは、わたし
の躰を抱きしめてくれた。

男の腕だと思った。欲望を感じた。
わたしの欲望だ。心臓が、早鐘を
打ち鳴らしていた。あのひとに、
聞こえてしまうのではないかと
思えるほど、好き、好き、好きと。
恥ずかしいくらいに。

でもその時、わたしの耳はちょうど
あのひとの心臓の真上にあった。
だから、聞こえた。あのひとの
胸の鼓動。それはわたしの鼓動
よりも何倍も烈しく、波打って
いた。

それから、キスがやってくる。

記憶の中ではすでに一万回、
いいえそれ以上、幾度も幾度も
重ねてきた―――たった一度
だけの―――わたしたちのキス。
繰り返し、繰り返し、すり切れる
まで再生しても、決して古びる
ことのない記憶。

思い出すたびに、胸の奥から湧
き出してくる情熱の息吹。それを
感じるたびに、わたしは無条件で、
愛を信じることができる。
わたしの唇に、あのひとの温かな
唇が触れた、その刹那。

それは、わたしの中でもうひとり
のわたしが生まれ、わたしのもう
ひとつの人生が始まった瞬間だった。

YouTube

つぐない/テレサ・テン

https://www.youtube.com/watch?v=EIok-UnaPZk

 

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