2016.1.15 紫天の独唱によせて詠める歌一首。

エルサレム
鷹舞いあがる大空の群青の果て
我も行くなり。

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h.28.6.30

2016-06-30 20:15:22 | メモ
私が出迎えようとしないならば、私がそれに向かって超越しうるであろうものは遠ざかって行ってしまう。なぜなら、そのものは自由にとってのみ、自由を通してのみありうるのであって、強制的なものはこれを全然もっていないからである。それゆえ、可能的実存はみずからを世界から区別し、この区別によって本来的に世界のうちに踏み入ることができる。実存はみずからの補足によって世界がありうるより以上のものを獲得するために、みずからを世界から解放する。実存は自己を実現すべき媒体としては世界に引きつけられ、単なる現存在へ没落する可能性としての世界には反発する。世界と実存は緊張のうちにある。両者は一つにもなれないし、相互に切り離れることもできない。
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