きまぐれパラダイス

たどたどしい日常ですが

日曜日はお風呂

2018年10月13日 | 日記
母を連れて、日曜日はお風呂に行きます。

温泉や、ジェットバス、炭酸泉等 色々なお風呂が楽しめます。

少しぬるめの炭酸泉が好きで、よく利用しています。

数分で全身に泡がついてきます。

低温でも血行が良くなってぐっすり眠れます。


毎週のように行っていますと、顔見知りができます。

私のように、いつも母親を連れて来る方がいます。

またお会いしましたね~とご挨拶。


明日も、お互いに元気でまた会えますように(^_^)


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秋になってしまいました

2018年10月11日 | 日記
またしても、大変ご無沙汰してしまいました💦

書き方を忘れてしまいそうです💦


かなり厳しかった夏を 何とか乗り越えて

気がつけば秋 真っ只中~!


夏に長男がまた異動で引っ越しした他は

特に変わったこともなく...


あらいやだ、アタシったら 何してたんだろう


更年期がますます更けてゆく

♪想う 秋の日~


暑くなったり寒くなったり

自律神経が乱れています。

あ~、母のような症状になってきてしまったではありませんか 

母の気持ちがわかるようにと

神様からのプレゼントなのかもしれません💦

涼しくなったのに、汗だくって 一体 




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施設のこと

2018年03月17日 | 日記

父は脳梗塞で脳の半分が死滅してしまい、右半身に障害を負いました。

脳は、高次脳機能障害になり、父の場合、子供に返ってしまったような感じでした。

障害者として生きることは なかなか理解してもらえないことが多くて大変でした。

見た目は車椅子の普通の老人に見えますし、会話も普通にできるので

脳は重症なのに理解してもらえなくて よく誤解されました。

時折、滅茶苦茶を言い出すので 対処も大変な訳です。


父が脳の手術を終えて 自宅での生活を始めて 最初にお世話になった施設(デイ&ショート利用・地元の特養)では

介護士さん達の理解が得られなくて さんざんお説教をされて追い出されてしまいました。

どんなに理解できたとしても、問題行動は困る訳ですので仕方ありませんが。


例えば、ショートステイ利用中、こんなことがありました。

夜中にベッドから落ちて、かなりの傷と出血、腫れがあったのに

「自分で勝手に落ちました」 と、絆創膏1枚と報告だけでした。


ベッドから落ちたのは 手元にナースコールがなかったからだと 父は言いました。

ナースコールがないので探すと、離れた所にあったので、それを取ろうと思ったのだそうです。

父は とんちんかんをやらかしますが、決して嘘はつかない人です。

それは 自分に不利なことも 正直に言ってしまうほどです。

けれど、施設側は 「そのような事実はありません」 の一点張りです。

父の勘違い で処理されてしまいました。


ケアマネさんに訴えても無駄でした。両方、町の職員だからです。

もしナースコールがなかったと認めてしまうと それはヤバいことのようです。

(ナースコールは必ず手元に置いておく決まりのようです。)

けれど父は たいした用もないのに鳴らしてしまう訳で

夜勤で人数が少ない所に これをやられると 本当に頭に来ると思います。

なので、手の届かない所に置かれてしまった可能性があるわけです。

もしもそうだとしても、私達家族は職員さんの気持ちは よくわかるのです。

ずっと見てきているので 充分理解できるのです。


私達の見解も 被害妄想の可能性は十分考えられますが

いくら勝手に落ちたとはいえ 少しもお詫びの姿勢が見られませんでした。

以来、「空きがない」と断られ続けたので、別の施設にお世話になることになったのでした。


次の施設は 最初の施設より感じが良かったです。

けれど やはりここも父の障害を理解しようとはしてもらえませんでした。

立ち起こる問題行動にばかりに振り回され、なぜその行動が起こるのかは考えてはいただけませんでした。


時折、父を連れて外出しましたが、車に乗り込んで出発した後

見送ってくれた職員さんのことを「あの人は感じの良い人ね」と言うと

「あの人は 口うるさいんだよ」 と本当のこと?を教えてくれました(笑)

「ああ見えて 結構キツイんだよ」とか、ちゃんと一人一人の特長をわかっていて

家族に伝えることができました(笑)

私も 決して 鵜呑みにはしませんでしたが、遠巻きに見ても思い当たる節があるので 頷けます。

まさか告げ口されているとはご存じないかと思われますが(笑)


実は、咋年の始めに 父は女性職員殴打事件を起こしてしまったのです。

父が頼んだ事を忙しくてなかなかやってくれなかったようで

頭にきて殴ってしまったとのこと。

当然父は こっぴどく叱られて、家族にも事務方から報告をいただきました。

父は、脳障害で何でも早くしてくれと言ってしまい

待つことが苦手で 家族ともよく揉めましたのでよくわかるのですが

それでも殴られたことは 病気になる前も後も一度もありませんでした。


すぐ、施設に謝罪に行きましたが、被害に遭われた人を教えてはもらえませんでした。

現場の職員さんがこっそり話してくれたことは、

被害に遭われた職員さんは けっこうキツイ物言いをする人だったようです。

職員の間でも問題視されていたようでした。

恐らく父は 早くしてほしいと訴えた際に、頭にくるようなことを言われたようです。

それでカッとなって 思わず手が出てしまったようなのです。

(事務方からは一方的に父が悪いように言われました)


それから外出して車の中で、どの職員さんを殴ったのか聞くと ちゃんと名前が言えました。

日頃から、ちょっとキツそうだなと思っていた人だったので 納得がいきました。

その女性職員に 「あんたのことは 一生忘れない!」 と言われてしまったと言って父は泣き出しました。

悪いことをしたということは よくわかっているのですね。

でもその時は 思わず手が出てしまったのでしょうね。

その女性職員さん、今はどうしているでしょうか。


介護施設の職員さんには 本当に頭が下がります。

厳しい労働条件のうえ安全管理に追われ 現場で余裕が無さすぎに感じます。

少しでも 職員さんも癒され 賃金が上がり 心からの笑顔でお仕事に向かえますように。

医療、介護、保育の、そういった議題が国会で白熱して論議なされますように。


いずれ私達もお世話になる身、これからの大介護時代を向かえ撃つために

私達はどうしたらよいのか 深く考えさせられたのでした。



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父のこと⑫

2018年03月15日 | 日記
とりあえず 父のことシリーズは ひとまず終了させていただきます。

また思い出したら綴らせていただきます。

父の おくりびと?ができて良かったです。

もう2度と会えないと思うとさびしいけれど

また今度生まれ変わって 父と出会った時、

大切な人だったことを思い出すことができますように。

今度はどんな設定になるでしょうか。娘かな、息子かな、それとも親かな、妻は嫌だな(笑)


お彼岸を前に こうして父を思い出すことができて 供養ができた気持ちになりました。

間もなく 桜も咲きそうですしね。あれから一年経つのですね。


父は 地位や名誉や財産は 何一つ残してはくれませんでしたが

父の娘として、介護をはじめ、いろいろな経験をさせていただけた事は 何よりの財産だと思っています。

経験はお金では買えませんからね。


もしご家族が入院されたりした時は、ご自身のことも同じくらいケアしてあげることを忘れないでくださいね。

私も うっかり父を中心に置いてしまい 7月に人生2度目の帯状疱疹になってしまいました。

自分のケアがおろそかになっていますよ、という呼びかけと受け止めて

以来 無理をしないことと、食事等、規則正しい生活習慣を心がけるようにしました。

私が倒れてはどうにもなりませんし、何より父がつらいと思うのです。

自分のケアとの両立こそが一番難しい所だったのかもしれません。

私の場合、母の送迎等、息子が時々協力してくれたので助かりました。

ピンチの時って 家族のありがたさが実感できるチャンスでもあるのですね。


私は 魂は永遠である と信じてきましたが半信半疑でした。けれど

父が亡くなってからの方が 父を身近に感じられるような気がするのです。

会えないさびしさはあっても喪失感はないかな。

子どもとして親を見送るというのは普通のことですものね。


最近知った曲を紹介します。

JUJUの「東京」

こちらは映画(「祈りの幕が下りる時」)の主題歌ですが(見てませんが)

注目すべきは、ミュージックビデオです。

映画本編とは異なる、まるで一本の映画を見ているような MV になっています。

是非ご覧になってください。

なぜ私がこのタイミングでご紹介したのかがわかると思います。

6分なので、歌詞よりも MV を ワンシーンもお見逃しないように!


合わせてご紹介したいのは、同じくJUJUの 「また明日..」

2011年のドラマ「グッドライフ」の主題歌だったそうです(見てませんでした)

こちらは歌詞に注目です!

聴きながら是非読んでみてください。

歌詞の主人公をドラマの主人公(幼な子を残して亡くなる)とリンクさせると

ものすごくせつなくなります。

こんな歌があったなんて知りませんでした。


いずれもティッシュをお忘れなきように。

ではどうぞ!



(張り付けができなくてゴメンなさい~(ToT))




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父のこと⑪

2018年03月14日 | 日記
8月23日 私が行くとベッドの柵につかまろうと身体を起こそうとしていました。

どうしたの?CD 聞きたいの? と聞くと やっと絞り出すような声で

 う ん め い と聞こえたので

やはり「運命の逆転」のCD が聞きたいのだと思って

イヤホンをしてあげて再生ボタンを押しました。

いつものように握手をして握力を確かめると いつも以上にしっかり握ってくる感じがしました。

長く握って離さないのです。

けれど、この頃はすぐ眠ってしまうことが多くなっていたので、

その時も間もなくすると眠ってしまいました。

しばらくベッドサイドにいましたが、帰る時間になってもよく眠っていたので

じゃあね、また明日くるからね とそっと声をかけて退室しました。



翌日、朝10時過ぎ、病院から電話がありました。急変の知らせです。

あいにく仕事中で そんな時に限って すぐ出向けない状況でした。

すぐ出ても30分はかかります。

母にも連絡が行って、すぐ行きたいのに誰にも連絡がつかないと言うので

タクシーで行くように伝えました。

それから私もすぐ病院に向かいましたが、

2度目の電話が来て、もう心臓が止まりそうです!、との事。

運転する車の中で 「待ってて、すぐ行くからね!」 と何度も祈っていました。

信号の待ち時間が とても長く感じられました。

通い慣れた見慣れた景色が いつもと違って見えていました。

あともう少しで着くからね、頼む、間に合ってくれ!


病院に着いて、車を停めて、走っていつもの病棟へ行きました。

ちょうど電話をくれた看護師長さんがいました。


「11時12分、息を引き取りました。眠るようにとっても安らかでした。m(__)m」


あ...ありがとうございました...( TДT)


私は深く頭を下げて師長さんの手を握りました。

なにも言葉が出てきませんでした。


時計を見ると、私の到着するほんの数分前に亡くなったのです。

私より少し早く到着した母も間に合わなかったそうです。

連絡が来てから1時間足らずのことでした。


家族に看取られることなく旅立って行った父。

最後のお別れをすることなく逝ってしまいました。

「とうとう死んじゃった~、間に合わなかったよう~」 と泣く母。

そうだね、残念だね。と娘。


処置をしているので、と しばらく対面まで待たされました。

待っている間にずっと考えていたことは

間に合わなかったということ。

私は親不孝をしたのだろうか。

父は私達が来るのを待っていたのだろうか?

最後、伝えたいことがあったのだろうか?

あの時ああすれば良かったのか?こうすれば良かったのか?

あとちょっとだったのに、どうして?

でももう現実は 間に合わなかった のです。


ぼぅっと考えながらふと思ったのは

私も母も間に合わなかったという事は

父は自分のタイミングで旅立ったのではないかと。

自分に都合の良い妄想かもしれませんが、

もしかしたら、ずっと前からお迎えが来ていたのに

父の覚悟が決まるまで待っていてもらっていたのではないかと。

寂しがりの父は 私達に会ってしまったら 決心が揺らいでしまうから

その前に自分から旅立ちたかったのかもしれない とも思ったのです。

私達にも 強烈な悲しみの印象を持たせないためにも

一人で大丈夫だよと安心させてくれるためにも

さらっと出かけて行ったのかもしれない

フーテンの虎さんのように。

(昔から父は 渥美清さんに似ているとも言われていました)

身勝手な妄想かもしれませんが。。。


それからようやくご対面になりました。

個室に移され、(本日は無料で良いそうです)

顔には白い布をかけられていました。


母は 「こんなのかけられてたら 本当に死んじゃったみたいじゃない!」

と言って外してしまいました。

私は 「だって本当に死んじゃったんだからしょうがないじゃない」

と半べそでツッコミを入れてみたりして。


お化粧が施されて、それが おてもやん みたいで 思わず笑ってしまいました。

まったく イタズラ天使のじいじ らしいではありませんか m(。≧Д≦。)m


「まだその辺にいるんでしょう?返事してちょうだいっ もう~(泣)」


母は、しばらく父に話しかけていました。



昨日は会えたのに、さっきまで息をしていたはずなのに

人生の卒業式は あっという間に訪れるものなんだなと実感させられました。


昨日握った手の感触がありありとよみがえってくるのでした。





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