万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

保護機能こそ国家の存在意義では?-憲法第9条2項問題

2018-02-08 15:52:38 | 日本政治
【憲法改正】自民党幹部vs石破茂氏 「2項」削除是非めぐり鋭く対立 9条で初の本格議論 条文案募集も難航必至
 憲法改正問題が政治日程に上るに至った今日、焦点となるのは、やはり憲法第9条の行方のようです。自民党の憲法改正推進本部での議論では、戦力や交戦権に関わる2項の扱いをめぐり、維持論と削除論との間で対立が続いているようです。

 “2項を維持すべし”とする維持派の人々は、削除派に対して、2項が削られては公明党や国民の理解を得られないと説明しています。公明党に対する支持率は3%程度ですので、改正の発議においては配慮を要するのでしょうが(野党側の改憲勢力を考慮すればその支持獲得は絶対的ではない…)、少なくとも国民投票では、それ程の影響力はないはずです。となりますと、改憲の行方を握るのは一般国民の賛意と言うことになりますが、国民の大半は、維持派の人々が主張するように、2項の維持を心底から望んでいるのでしょうか。

 国家の基本的な機能は“保護”であり、外に対しては外敵から、内にあっては犯罪者等から一般の国民の基本権や自由を護る任務の遂行こそ、その存在意義と言っても過言ではありません。国家が軍隊や警察といった強制力を有するのも、国家が国民のための保護機能を果たす使命を負っているからです。こうした保護機能は、個人レベルでは不可能であるからこそ、個人を越える能力を付与された国家が組織的に担う必要があるのです。

 この観点からしますと、一般の国民が、国家の保護機能の強化を望むのは自然、かつ、合理的な心の動きのはずです。ところが、殊、憲法第9条の改正となりますと、マスメディアをはじめ、各政党や政治家の大多数は、一般の国民は日本国政府の保護機能に対して制約を課したいに違いない、と信じ込んでいるのです。個人レベルでも、獰猛な野獣達が牙を研いでいる状況下にあって、自らの手足を縛り、身を護る準備さえしてはならない、と考える人はいないはずです。国家レベルにあっても、危険に対する人間の判断は同様であり、中国の軍事的台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発等を前にして、防衛や安全保障の権限に課せられた憲法上の制約を取り除くことに、一般の国民が強く反発するとは思えないのです。自らの身を護ることに他ならないのですから。

 しかも、2項を残したのでは、3項の追加によって自衛隊の合憲性が明確化されたとしても、その他の問題に関しては、日本国憲法制定以来、これまで日本国の政界を悩ませてきた憲法上の“神学論争”が完全には解消されません。憲法改正の意義の一つは、終わりなき“神学論争”からの脱皮にあったのですが、集団的自衛権行使の問題や国際法との整合性をも含め、曖昧な部分が多々残されてしまいます。

  こうした点を考慮しますと、第9条の改正については、1項や2項の条文の存廃、あるいは、3項の追加に拘るよりも、全面的に書き換える方が、不安定さを増す現在の時代状況には適しているように思えます。日本国の防衛、並びに、国際法秩序の維持に資する憲法改正であってこそ、国民の理解を得られるのではないでしょうか。

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