万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

RCEPの幻想-アメリカと中国は違う

2019-11-05 14:06:47 | 国際政治
 年内にも交渉の妥結が期待されていたRCEP。今般、閣僚会議が開かれたものの、インドが対中貿易赤字を懸念して難色を示したことから、先行きに不透明感が漂うようになりました。メディア等の反応は交渉妥結の遅れを嘆く論調が強いのですが、自由貿易主義、あるいは、グローバリズムに内在する問題点を考慮しますと、RCEPの頓挫は歓迎すべきなのかもしれません。

 今日、多くの人々が自由貿易主義に全幅の信頼を寄せ、その推進こそが全世界を豊かにすると信じるようになったのは、第二次世界大戦後に成立した自由貿易体制の成功体験にあります。連合国諸国は、1941年8月に米英首脳が発表した大西洋憲章において、戦前の経済ブロック化への反省から既に戦後の自由貿易構想を示しており、戦争の終結を待たずしてアメリカで開催された連合国諸国による国際経済会議において具体案が合意され、ブレトンウッズ体制が成立しました。この時、貿易の多角化に伴う貿易決済を円滑にするための機関としてIMFの設立と共に、事実上、金との兌換性有する米ドルを国際基軸通貨とする固定相場制度が採用されたのです。

 ブレトンウッズ体制と呼ばれた同体制の下で、戦争で疲弊した世界経済は急速に回復し、戦後復興も順調に進むこととなります。敗戦国であった日本国も同体制の恩恵を受けたことは言うまでもなく、自由貿易主義の信奉者の多くは戦後モデルが理想像として刻み込まれているのでしょう。しかしながら、戦後の自由貿易体制の実像を具に見つめてみますと、リカード流の比較優位による国際分業が上手に働いたわけではなく、同モデルがアメリカの‘自己犠牲的’な政策によって支えられてきたことに気付かされます。

 どのような点において‘自己犠牲的’なのかと申しますと、アメリカが、米ドル高の相場を維持することで自国の市場を他の諸国に開放した点です(もちろん、米ドルが兌換紙幣であったこともありますが…)。乃ち、日独をはじめ戦後復興を成し遂げた諸国は、アメリカ市場と云う巨大な自国製品の輸出市場が存在したからこそ自国の産業を育て、経済成長を実現したと言っても過言ではありません。もちろん、米ドルレートの高値固定化により、アメリカの消費者も、安価な輸入製品に囲まれた生活を謳歌し、豊かなアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを満喫できたのですから、‘自己犠牲的’という表現は相応しくないとする意見もありましょう。イソップ童話の『アリとキリギリス』に喩えるならば、キリギリスは自業自得とする冷たい見方もあることはあるのですが、産業力や輸出競争力の面からしますと、アメリカの製造業は衰退の道を辿った点は疑い得ません。長期的なスパンから見れば、自由貿易主義の最大の受益者であったはずの消費者も、失業や賃金の低下等に苦しめられることとなったのです。

 この‘自己犠牲的’な基調は70年代にブレトンウッズ体制が崩壊して変動相場制に移行し、80年代以降にグローバリズムが本格化した後も変わらず、21世紀に入っての中国の経済大国としての台頭も対米輸出がその踏み台となりました。アメリカ市場なくして今日の中国はなく、ソ連邦が喉から手が出るほどに欲していた自由主義国の先端技術もグローバル化の波に乗ることで難なく手にすることができたのです。一方、アメリカでのトランプ政権の誕生は、‘自己犠牲的’な自由貿易主義、もしくは、グローバリズムの放棄、あるいは、その軌道修正に他なりません。言い換えますと、戦勝国として繁栄を極めた戦後のアメリカの寛大さに依存した自由貿易主義は限界を迎えたのであり、戦後のアメリカ中心の自由貿易主義のモデルは破綻をきたしているのです。

 このように考えますと、戦後の自由貿易主義とは、人類史において例外的に生じた一極主義型のモデルであり、しかも、それは、中心国の自国通貨高と云う犠牲の下に成立した期間限定つきものに過ぎないように思えます。そして、同モデルの再来を期待してRCEP構想を進めるとしますと、期待と現実との間のギャップに呆然とさせられるかもしれません。中国が、自由貿易主義、あるいは、グローバリズムを支える中心国として、戦後のアメリカのように自己犠牲を払うとは思えないからです。中国は、輸入を拡大させたアメリカとは逆に自国製品の輸出を促進させ(’輸入博’は囮?)、日本国を含めた他の加盟国にこそ犠牲を強いることでしょう。RCEPとは、中国の市場開放ではなく、中国のための加盟国諸国の市場開放となる公算が高いのです。この点、RCEPへの加盟による対中貿易赤字の拡大を懸念したインドの判断は、賢明と言えるかもしれません。メディアはしばしば‘固定概念’や‘常識’を疑い、発想の転換を求めますが、何故、自由貿易主義やグローバリズムを疑おうとしないのか、不思議でならないのです。

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6 コメント

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間違っているよ (Unknown)
2019-11-06 04:10:40
 自由貿易と言うものは相互侵略主義。中国は米中貿易で外貨を稼いだけど、アメリカも中国人の安い賃金で大いに稼いだはず。アメリカ人が安い輸入品で生活向上しただけではない。アメリカ企業がぼろ儲けしたはず。
 中国は稼いだ外貨でインフラを整える機材などを購入して、内需企業が成長するようにしたのだけどね。アメリカ企業がチャイニーズの安い賃金でぼろもうけしたマネーはどこに行ったのだろうね。アメリカ政府が、こんな企業に課税して、そのマネーで内需が成長するような企業を育てるようにすれば、より豊かになったはず。どこかに消えちゃったのだろうね。
 中国共産党の方が経済が良く分かっており、アメリカの政治指導者の方がおバカだったに過ぎないのじゃない?
 日本やアメリカのような先進国は貿易黒字は国民を貧乏にするのだよ。だから日本政府もおバカをやって年々、国民を貧乏にしている。
 中国が悪党なのではなく中国の指導者の方が経済をよく知っているだけのことだよ。
 アメリカや日本の指導者は新自由主義とか新古典派とか、おバカ経済学に頭脳を乗っ取られている。中国共産党の指導部はアダム・スミス、マルクス、ケインズの経済学をしっかり学んでいるのさ。
 トリクルダウンなどはないのさ。政府がダウンさせなくちゃいけないのだ。だから彼らはケインズにしっかり学んでいる。
Unknownさま (kuranishi masako)
2019-11-06 08:35:18
 ご返事をいただきまして、ありがとうございました。

 中国は、経済のメカニズムではなく、他者への配慮を欠いた利己的な人間の欲が分かっているのではないしょうか。自らを理解するように…。なお、公共事業頼りの政策運営を試みた結果、中国、特に地方政府は、莫大な財政赤字を抱えることとなりました。不景気における政府による有効需要の創出を唱えたケインズ主義も限界に達しているように思えます。
鄧小平はリークワンユーを (Unknown)
2019-11-06 14:22:06
 師匠として礼を尽くして学んだ。シンガポール首相であったリークワンユーは華僑の大物。彼の教えたことは土地を担保にできるようにすることだった。銀行は土地を担保にして融資する。そのとき、信用創造をするわけだ。マネーが増殖し回転し始める。交通のインフラなどを整えることで地価を高め、それによって銀行融資を可能にし、中小企業が発展して行く。どこの国でも大多数は中小企業で働く。そこの従業員は所得が増し、消費力が増大する。
 中国は貿易で得た外貨を使って、様々な機材を購入しインフラを整えたわけだ。
 アップルなどは莫大な利益を上げたけど、そのカネはどこに行ったのだろうか?少なくとも、中小企業で働く労働者の消費力をあげるようにはならなかったようだ。
 近所に電工会社を創業した人がいた。もちろん小企業だが。しかし、地価が高い時代だったので、小さな銀行が土地を担保に融資枠を作ってくれた。これで従業員の給与を心配することなく営業できるようになった。しかし病で廃業したが、そうでなくても地価が3分の1になっては苦しかっただろう。
 中国人は利己的か?ならそうだろう。じゃ、アメリカ人の方が上回るだろう。日本人も負けず利己的だろう。中国がリークワンユーの教えに忠実で、アメリカが企業は公的責任を果たさずとも良いという経済学を信奉したから、かくなる結果となった。トランプは、おそらく自覚し始めている。彼の経済補佐官が解雇されるだろう。それでダウは最高値を付けている。
Unknownさま (kuranishi masako)
2019-11-06 20:45:47
 ご返事をいただきまして、ありがとうございました。

 以前のコメントでは、Unknownさまは、銀行は無担保融資をすべきと主張されていたように記憶しております。何れにいたしましても、土地を担保とする融資につきましては、中国の農村では、都市部での不動産購入のために借金を負ったために、返済できない農民が土地を失うといった問題が発生してるそうです。マイナス面も考慮する必要があるではないかと思います。
アダム・スミスの神の見えざる手とは (Unknown)
2019-11-07 04:27:06
 人は命令で動くことはないということだ。人がそれぞれの欲望で動いても、見えざる手で調和するということ。スミスは資本主義の動力を、マルクスは資本主義の狂気を、ケインズは狂気を和らげる国家の役割を描いたのだと思う。
 中国が、この三人の教えを経済運営の指針にしているということは、中国が国民を息苦しいほど統制しているという批判が的中していないことになる。命令で人が動くのではなく、欲望で動くのだから。今、雨後の筍みたいに企業が創業されているが、しばらく様子を見て公共の利益から見るとおかしいのだけは排除されている。
 一方、日本は大学入試という公共の場に私企業を入れようとしている。ここにも公共性を放棄するアメリカ思想の影響がある。チャイニーズの安い賃金でぼろもうけしたアメリカ系企業は、儲けた金から自分たちの活動を保護してくれるアメリカ政府にびた一文払わず、どこかに隠したのだろう。
 このような私企業がやり放題の経済学思想により衰退しているのであり、チャイナのせいではない。5Gも自分たちは金儲けに忙しく怠慢をしただけ。その間にファーウェイなどのチャイナの企業が国家の計画に基づき、追い越したに過ぎない。チャイナを攻撃するより、自分たちの愚かさを反省したほうが良い。
 結果、アメリカは世界の秩序を維持する能力も意思もない国に転落しつつある。結果が戦闘機のパイロットが自撮りをしたり、読書したりする、くず空軍となっている。もう要らんから帰れ。
Unknownさま (kuranishi masako)
2019-11-07 07:26:28
 ご返事をいただきまして、ありがとうございました。

 賢く’公’の分野と’私’の分野との間に境界を引くことこそ、今後の人類の課題であると思います。アメリカも中国も、この点、必ずしも最適ではないように思えます。日本国政府も、アメリカの失敗を後追いするのではなく、自らで考えて政策を立案すべきなのではないでしょうか。’悪魔の見えざる手’もあり得るのですから、民間任せは危いように思えます。なお、自由主義国では、’資本主義’の飽くなき私益追求に伴う問題点を是正するために、競争法を発展させてきております。

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