万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日大アメフト問題を利用した‘日本人暴力志向論’の悪意

2018年06月02日 15時30分09秒 | 社会
 5月31日に、ノンフィクションライターの窪田順生氏による「日大「内田・井上コンビ」にソックリな人物は日本中の会社にいる」と題する記事が、ダイアモンド・オンラインで配信されていました。確かに、日大アメフト部の部内状況は、いたる所で見られるパワハラの縮図として捉えることはできるのですが、同事件を題材とした氏の日本論は、「日本人の暴力志向」というトンデモナイ方向に展開されているのです。しかも、これこそ、同事件の‘真犯人’として。

 同記事依れば、「日本人の暴力志向」とは、山本七平氏が指摘した日本社会の特質なそうです。山本七平氏と言えば、イザヤ・ペンダサンというユダヤ人のペンネームで『日本人とユダヤ人』等の著作を遺していますが、それらの中には、相当数の虚偽の記述があるとの指摘もあります。信頼性や信憑性については怪しい限りなのですが、窪田氏も、日本社会に対しては、山本氏と見解を同じくしているようです。

 それでは、何故、窪田氏は、日大アメフト問題を「日本人の暴力志向」と見なしたのでしょうか。その理由として氏が唐突に持ち出してきたのは、戦時中に起きたとされる小笠原諸島父島の陸海軍部隊による米兵捕虜人食事件です。そして、それこそ、「人は常軌を逸した苦痛を与えれば与えるほど強くなる」という、日本陸軍の‘サディスティックな教育観’に基づいており、それは、日本国の体育会系カルチャーのルーツとまで言い切っているのです。如何に理不尽であって、ルールに反する行為であっても、上官の命令に対して絶対に服従せねばならず、この体質こそ、今般の事件の根底にあると…(むしろ、暴力志向は、日本国よりも独裁者に対する絶対服従が全国民に強いられる北朝鮮の方に当てはまるのでは…)。

 ここまで読みますと、同記事の論調に対する違和感が強まってくるのですが、氏の極論は、この程度に留まってはいません。次に登場してくるのは日本の国民性論であり、「力で言うことを聞かせないと、秩序維持ができない」と述べているのです。歴史的に見まして、確かに、日本国では鎌倉時代から江戸時代までの間、長く武士の世が続きましたが、それは、武士道として今日知られるように、刀を帯びる者の自己規律が重んじられると共に、暴力支配と言うよりは、暴力や犯罪を抑止するためにこそ力が用いられていました。同時代の他の諸国と比較しても、日本国では、極めて良好な治安が保たれております。幕府の評議から村落に至るまで、あらゆる分野で話し合いの場が設けられ、かの聖徳太子の『十七条憲法』の「和を以て貴しと為し」は実践されていたのです。また、諸外国から来日した人々が驚くように、日本人は、掟や法を誠実に守ろうとする順法精神においても評価されてきました。仮に、山本氏や窪田氏が主張するように、日本の国民性が暴力志向であれば、今日、震災に際して海外諸国が称賛したような秩序だった行動や被災者同士が助け合う姿が見られたとは思えません。また、戦後にあって、焼け野原から出発して経済大国へと成長することもなかったのではないでしょうか。

 同記事のタイトルの通り、‘日本中の会社にいる’ことも間違いではないのでしょうが、窪田氏が、一部の事例を全体に引き伸ばし、読者を誤った日本人批判に誘導しているとしますと、それは、パワハラの実行者を見逃すことになりかねません。本記事の真の目的は、善意を以って日本社会をより良くしようと提言するのではなく、悪意を以って日本人=暴力主義のイメージを植え付け、さらには‘暴力主義の日本人全員が悪い’という構図に誘導することで、真に責任を負うべき少数のパワハラ犯、即ち、“真犯人”を逃がしているように思えます。パワハラを行う人とは、常々、全員でなく極少数の強欲で自己中心的な人であるからです。全員が反省せよ、ではなく、パワハラ傾向の人を組織の重職に就けない、あるいは、パワハラをさせない仕組みを作る事こそ、重要です。制度的にチェックする仕組みも必要となりますし、風通しの良い組織への再編も不可欠となりましょう。また、ルールに則って正々堂々と闘うことを良しとするスポーツマンシップの徹底は、選手のみならず、監督やコーチ、並びに、その上部層にも求められるかもしれません。

日大アメフト部の問題は、日本社会にパワハラの害悪の実例を示すこととなり、その対策の必要性を深く認識させたことにおいて、パワハラ撲滅に向けた一つの出発点となる可能性があります。果たして、災い転じて福となるのか、山本氏や窪田氏が不当に負わせた‘暴力志向’の汚名を払拭するためにも、今こそ、日本人がより善き組織造りを目指して頑張るべき時なのではないでしょうか。

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8 コメント

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いや、神聖視されるアメリカにもパワハラあるよ (Suica割)
2018-06-02 18:25:12
聞くに耐えない罵詈雑言を浴びせて、鍛える方法なら、フルメタルジャケットのハートマン軍曹がいましたね。(映画ですいません。)

氏の分析は途中まで正しい故に残念な結論です。

日本企業に根付く、日本軍の悪しきシステムは、日本人独自のものでは無いと考えます。
日本軍にいた軍人はたくさんいましたから、復員するなり、除隊するなりすれば、全国の様々な組織に散らばります。

その事を考慮に入れてない時点で結論がずれることになります。

それに、氏の最大の誤認は、日本人は大人し過ぎる。母国なら暴動デモ当たり前の事をしてもなにも起こらないという外人識者の指摘を頭に入れていないことです。

それに、日本人の暴力性向が強ければ、普段から、闘争的な世の中になっているはずです。
暴力性向の強い草食系男子を説明してといえば、すぐに揺らぎそうな論文であるとは思いますね。
Suica割さま (kuranishi masako)
2018-06-02 19:40:23
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 一説に拠りますと、日本国の陸軍は、フランスが植民地で行っていた現地の人々に対する軍事訓練の方法を取り入れため、体罰等を用いるようになったそうです。江戸時代や明治期に日本国を訪れた外国人の記録などにも、日本人は、穏やかな姿で描かれております。実際の日本人の性質は、暴力主義とはかけ離れておりますので、同氏の主張に納得する人は殆どいないのではないかと思います。となりますと、真の目的は、説得力のある説を唱えるのではなく、日本人の名誉を傷つけることにあったと考えざるを得ないのです…。
仮に氏の論の殆どを正しいとしても (Suica割)
2018-06-02 22:20:46
整合性を取るなら、偉い人に従う権威盲信主義、第二次世界大戦後の実験で明らかになった役割に従ったら、そうなってしまうという人類の業である、役割順応主義(過剰対応バージョン) は日本人止めるべきならば納得しますよ。
あの自我がありそうなアメリカ人でさえ、囚人と看守に役割分けて、観察すればそうなりますから、そういう、看守と囚人の役割プレー的関係を日本人は猛省して無くせということをより強い言い方でも納得しますよ。

看守と囚人関係は、学校スポーツや雇用関係から一掃しろならば納得しますよ。
アメリカのプロリーグでも (Unknown)
2018-06-03 04:26:20
QBを壊す、つまり怪我させて退場させると報奨金が貰える時代があった。2000年代の初めの頃。内田氏はそれを見習ったのかもしれない。「フットボールでは当然のこと」と思っていたから、世論の激しい非難に当惑して雲隠れしたのじゃないかな?
ポン、キンと言われていたがキンのほうは今じゃ、近大マグロで水産業の東大になっているのにポンは駄目だね。恥を曝した危機管理学部。フェニックスがなくなればとるところなし。
東大,慶応と強姦男を出して謝罪なし。恥知らずが多い。それでも千葉大は謝罪したけど。
Suica割さま (kuranishi masako)
2018-06-03 09:29:57
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 パワハラの問題は、日本国独自論で論じるよりも、人類社会において普遍的にみられる害悪として論じた方が、余程、説得力があったのではないかと思います。そして、普遍的な問題であるからこそ、日本社会もまた、パワハラをなくしてゆくための努力、並びに、その能力が問われているように思えます。皆でがんばりましょう!
Unknownさま (kuranishi masako)
2018-06-03 09:33:14
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 プロとはいえ、アメリカのリーグでこうした慣習があったとは知りませんでした…。この問題につきましては、Suica割さまへのご返事をご覧になってくださいませ。
たぶん、右傾化対策 (宗純)
2018-06-05 11:33:42
「日大「内田・井上コンビ」にソックリな人物は日本中の会社にいる」ですが、
実によくできていると思いますよ。
日大アメフト部ですが一番似ているのは旧日本軍だった。
日本軍の暴力性ならリベラル知識層なら誰でも納得する。ところが、困ったことに極限まで病的に右傾化した今の日本では、悲しいかな右翼に叩かれる。あのグランプリに輝いた万引き家族さえバッシングされている有様なのです。

窪田順生氏は、仕方なく「日本人」にして誤魔化したのでしょう。
偽ユダヤ人の山本七平の名前を出したのも同じ理由で、良識ある有識者は全員が不愉快になるのは事実がだ、逆に大勢の心酔者がいるのも、また事実。インチキくさい誤魔化しですが、何とも仕方がないのです。
宗純さま (kuranishi masako)
2018-06-05 19:33:02
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 窪田氏にしても、是枝監督にしても、極端な事例を持ち出して一般化したために、バッシングされているのではないでしょうか。日本国において、万引きで生計を立てている家族など、殆ど皆無にも拘わらず(大半の人の反応は、そのような家族などいるの?だったのでは…)、あたかも、日本社会の問題のように扱うのですから、右翼ではなくとも、一般の日本人から批判されても当然なのではないかと思います。もっとも、仕方なく「日本人」として誤魔化したならば、窪田氏にしても、是枝氏にしても、実は、日本ではない別の世界を描いたのでしょうか?

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