万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

”南京市民30万人無差別大虐殺”と”南京事件”の落差

2015-04-19 16:03:53 | アジア
 昨日は、中国の司法権は政敵に対する攻撃手段である、とする記事を書きましたが、中国が主張する”南京大虐殺”もまた、多分に政治プロパガンダの要素を含んでおります。政治的に脚色された部分を洗い落とすと、1937年12月14日に起きたとされる”南京での事件は、どのような姿を現すのでしょうか。

 ”南京大虐殺”については、中国政府は、70年代頃から積極的な対外宣伝活動を展開しており、その工作活動は日本国内にも及んでいます。このため、左翼系の著者が記した書籍や証言集には信憑性に乏しいものもあり、2002年に出版された『南京戦閉ざされた記憶を尋ねて-元兵士102人の証言』も、元兵士たちによる経験談や目撃談を装いながら、中国で制作されている抗日ドラマ並みの非現実性や矛盾が指摘されております。慰安婦問題でも明らかとなったように、”証言”は必ずしも事実ではなく、また、中国がプロパガンダのために捏造した資料もありますので、まずは、史料批判から始めませんと、真相に迫ることは出来ないようです。それでも、当時の記録や南京攻略に参加した日本軍将兵の陣中日記等によりますと(これらの日記が書かれた時期の検証も必要…)、女性や子供を含む南京市民30万人の無差別虐殺を証言するものは皆無であり、その殆どが12月14日から開始された市内の敗残兵の掃蕩作戦に関するものです。記述されている日本軍の行為の中で、国際法上において問題があるとすれば捕虜の殺害であり(東京裁判では松井岩根陸軍大将が戦争法違反で死刑判決を受けている…)、その他の記述は、国際法で許されている便衣兵の掃蕩、捕虜の暴動の鎮圧、並びに、戦闘による敵兵の殺害です。南京攻略では、日中双方の戦死者が9万人近くとされ(8万人以上が中国兵…)、紅卍会の埋葬記録によりますと、12月22日から翌年の10月30日までの埋葬者総数が41273人と記されており、そのうち、女性は75人、子供は20人です。確かに、女性も子供も含まれておりますが、必ずしも日本軍による犠牲者であるのか不明であり、また、30万人の市民を無差別に殺害したとするには数が少なすぎます。揚子江に投げ込んだとする説もありますが、果たして、30万人もの遺体を流すことは可能なのでしょうか。

 以上から浮かんでくる1937年の12月に南京で起きた事件の実相とは、敗残兵掃蕩作戦の最中に起きた捕虜殺害ではなかったかと思うのです(およそ1万から1万5千人?)。しかも、戦争法に違反した捕虜殺害の罪は、既に東京裁判の判決による刑の執行をもって償っております。昨日の記事では、”南京大虐殺も冤罪では”とするタイトルを付しましたが、捕虜殺害が有罪であったとしても、少なくとも、日本軍が南京の一般市民30万人を無差別に殺害したとする”南京大虐殺”の罪は、冤罪なのでないでしょうか。

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2 コメント

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Unknown (ねむ太)
2015-04-19 19:05:34
こんにちは。南京事件が無かった証拠が有ります。
Youtubeに戦線後方記録映画「南京」1938年 東宝文化映画部作品があります。
南京攻略戦直後の南京の様子を撮影したものであり、虐殺どころか戦闘が終わって平和が戻ってきた南京の様子が記録されています。
朝日新聞社は当時のアサヒグラフで「甦る南京」という特集を組んでおり、そこには露天の水餃子を食べる日本兵や散髪をする日本兵、子供達と遊ぶ日本兵の写真が掲載されています。
虐殺している最中だったり、武力による支配ならば、日本兵が中国に散髪させるわけはないでしょう。
朝日新聞社は、当時のアサヒグラフに掲載されている写真の説明をする責任が有ります。
「中国の旅」一見すると、中国紀行のようなタイトルで出版し、南京や百人斬り競争など日本による蛮行と書いた本多勝一は「中国人の証言をそのまま書いたものだ」とジャーナリストならば恥ずかしくて口に出来ない事を平気で言っています。
百人斬り競争についても「日本刀一本で、数人も切れないと言うならば時代劇は全てウソで歴史上の剣豪も存在しなかった事になる」と、講釈師が物語として面白くする為に誇張した表現と現実を同一に考えている。
当時の国際情勢を考えると・・有力な証拠とされているジョン・ラーベの日記、後で書き直されています。
そもそも、ジョン・ラーベはドイツのシーメンス社の支那の支店長であり、国民党を相手に武器の販売をしていたのですが日独伊三国同盟の締結により商売が出来無くなった・・・その事を含めてジョン・ラーベの日記を検証する必要があります。
当時の証言として、日本軍が虐殺をするのを見た・・・此の証言がトンデモ無い電波を発しています。
日本軍が警備している中を自由に歩き回り、何人殺されたか一桁の数字まで数えていて覚えている・・・常識ではありえないお話です。
日本軍が虐殺していたのならば、怖くて逃げ出すのが普通の人間ではないでしょうか。
「20万と見積もっていたのが25万人に増え食料が足りない」この証言を裏付けるのが東宝映画やアサヒグラフの映像です。
我が国では、南京の権威として通っている藤原彰「朝鮮戦争は米軍が北九州に戦闘機を集結させ北朝鮮を爆撃したのが原因だ」・・相手の言う事に頷くだけの馬鹿というのが歴史学会の見方です。
笠原十九司なども南京の権威・・南京の気候も当時の日本軍の装備も知らないままに、戦場の写真があれば何でもかんでも日本軍の蛮行の証拠だと言う・・これまた馬鹿というしか無い人物です。
安全保障会議のメンバーの北岡伸一氏は日中歴史共同研究で日本側の座長として南京大虐殺を認めてしまい「落とし所は数の問題」と発言したり、「70周年談話は村山談話・河野談話の継承を」と言ってみたり、論破されると「中国東北部、満州は侵略と歴史学者も認めている」などと言い出したり。
このように、相手の言う事に反論する事も出来ず、相手に阿るだけの人間に肩書を与える事が大間違いの原因なのです。
ねむ太さま (kuranishi masako)
2015-04-19 20:53:24
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。
 首都や都が陥落するたびに、民間人の大量虐殺が発生していたのは、中国大陸の歴史です。自らの行動様式を、そのまま日本軍に当て嵌めて宣伝したのが、南京大虐殺ではなかったのかと憶測しております。当時の写真などを見ましても、南京市内で大虐殺が起きたとも思えず、中国の主張には無理がありすぎます。日本国の歴史学は、明治の開国時より実証性を重んじてもきましたので、歴史学がイデオロギーやプロパガンダに染まりますと、学問としてのあり方も誤ることになるのではないかと、危惧しております。

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