万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アメリカの暴動と香港問題の比較―民主主義とは集団的自己決定

2020年06月03日 10時59分46秒 | アメリカ

 人種間対立を背景にアメリカで発生した暴動は、新型コロナウイルスのパンデミック化や香港問題で国際社会から厳しい批判を受ける北京政府にとりましては、民主主義国家の優位性を否定する絶好のチャンスとして利用したいところであったのかもしれません。しかしながら、昨日の記事において指摘しましたように、国内的な社会統合の問題であるアメリカの暴動と自治の枠組みの破壊を目論む香港問題とでは本質的な違いがあります。前者は多数決を旨とする民主的な制度では解決しない性質の事柄ですので、‘民主主義が機能しない’とする中国側の批判は当たらないのです。

 そして、この両者の比較は、民主主義というものの別の側面をも浮かび上がらせてきます。民主主義とは、‘自らの集団に関する事柄はその構成員で決める’とする、集団としての自己決定を本源的な価値とする言葉です(個人レベルでも自己決定の尊重は人としての本源的な価値を認めることを意味する…)。このため、国内政治にあっては、普通選挙を初め、様々な民主的な制度を介して国民は統治に参加しています。これまで国民投票、リコール、イニシャチブ、陪審制や裁判員制度など、様々な民主的制度が考案されてきており、その導入度が高いほど民主主義のレベルも高いと評されてきたのです。

 しかしながら、民主主義はオールマイティーではなく、今般のアメリカの暴動のような国民の間に存在する下部集団の間での対立を解決する手段としては限界があります。現行の制度では、民主的制度は‘多数決’を決定原則としますので、国家として一つしか選べない事項を選択する場合には、常にマジョリティーが有利となるからです。

 もっとも、対立が‘相互破壊’に向かうほど激化する場合、それを避ける方法が全くないわけではありません。その一つは、統合の枠組みを敢えて‘緩める’という方法です。つまり、反目しあう下部集団のそれぞれにより強い自己決定権を与えるのです。例えば、今般のアメリカの暴動の発端は、白人警察官が黒人男性を逮捕しようとした際に発生しています。現状のままでは、今後ともこうしたケースが頻発するでしょうから、黒人容疑者の逮捕は黒人警察官に任せるという方法です。あるいは、黒人居住地区の治安維持の権限を同コミュニティーに委託するという方法もありましょう。黒人コミュニティーは治安維持の権限を得るのですが、その一方で、同コニュニティーの安全を護る責任を負うことにもなるのです。

ただし、治安維持の権限のみの移譲では、経済的な格差や社会的な差別等の根本的な解消には繋がらない、あるいは助長するとする批判もありましょう。アメリカの場合、黒人の人々は、先祖が奴隷商人の手によってアフリカから奴隷として連れてこられた歴史がありますので、合衆国内に黒人の人々のみが特定の地域に国境線を引いて‘独立する’ことは殆ど不可能です(また、この方法ですと、本来の目的とは逆に人種隔離政策にも見えてしまう)。この歴史的な側面が、アメリカにあって人種問題の解決が難しい理由でもあるのですが、少なくとも、黒人コミュニティーにあって自治の精神を培う機会を得れば、暴動といった無責任な行動をある程度は抑えるはできるかもしれません。

もちろん、先ずは、黒人容疑者を死に至らしめるような警察による乱暴な逮捕の方法は改め、法の前の平等を徹底すべきでしょうし、さらに踏み込んで、アファーマティヴ・アクションを強化する、逮捕要件の緩和や裁判での酌量余地を広げる、あるいは、黒人層への社会保障向け予算の配分比率を高めといった、優遇的な方法もあるかもしれません。しかしながら、後者の方法では、法の前の平等の原則を崩し、逆差別が発生すると共に、白人層の不満を高め、人種間対立をさらに深めるリスクもあります(オバマ政権下における黒人優遇政策が人種間対立を深めてしまった前例がある…)。

その一方で、民主主義の価値が集団的な自己決定にあるとしますと、中国において発生している重大問題の多くは、‘民主的な手段’によって容易に解決することができます。香港の人々が政治的な集団としての自己決定権を行使すれば、完全なる独立さえ夢ではありません。チベット人、並びに、ウイグル人も同様に、‘国民投票’によって自発的にその意思を表明する機会があれば、中国からの独立を躊躇なく選択することでしょう。また、台湾についても、中国は、最早、その併合を主張し得なくなるのです。因みに、国際社会では政治的集団の自己決定の権利を民族自決権と呼び、国家の独立を支える原則として認めています。

以上にアメリカと中国のそれぞれの問題を比べてみましたが、この比較からアメリカの抱える問題の方が後者よりも解決がより困難であることが分かります。それ故に、同問題はアメリカの弱点ともなるのであり、社会統合、あるいは、国民統合の脆弱性こそが、米中対立の最中にあって、中国が同問題を対米戦略に利用しようとした理由とも憶測されます。そして同時に、他国の支配をよしとする帝国志向の中国が、民主主義、否、それに内在する集団的な自己決定の権利をあくまでも拒絶しようとする理由も見えてくるように思えるのです。

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