万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

二頭作戦が失敗しそうな理由-中間層の抵抗力

2021年10月19日 12時43分20秒 | 国際政治

 今日の政治の世界を見ますと、民主主義国家を舞台として二頭作戦が遂行されている可能性は極めて高いように思えます。同作戦の存在を仮定せずして説明できない現象が、頻繁に起きているからです。マスメディアのみならず、ネット上でも観察される不可解な出来事を陰謀論、あるいは、妄想として切り捨てようとする言論封殺作戦自体が陰謀の実在を証明しているようにも思えるのですが、必ずしも二頭作戦が成功するとは限りません。何故ならば、二頭作戦には、重大な見落としがあるからです。

 

 一般的には、上流階級と下層階級との間には越えがたい隔たりがあると見なされがちです。財力、並びに、それに裏打ちされた豊かで質の高い生活、教育、そして社会的地位等に注目しますと、両者の間に共通点を見出すことは困難です。ところが、その一方で、両者の間には親和性がある、とする指摘もあります。俄かには信じがたい説なのですが、上流・下流同類説の根拠を聴きますと、’なるほど’と思わせるところがあります。

 

 同説の根拠とは、上流階級も下層階級も、自己規律、並びに、順法精神において脆弱性があり、良識や常識を欠いてしまう傾向にあるというものです。上流階級については、たとえ犯罪や悪事に手を染めたとしても、それを揉み消すことができる特権があります。このため、悪い事とは知りながら、心の弱さからこの特権を利用しようとしてしまうのです。この悪しき傾向を自覚してか、かつての上流階級は、子弟や婦女子に対して殊更に厳格な躾や教育を施してきましたが、それでも、しばしば’上流は腐敗している’と囁かれるのも、その特権的な地位によるものなのでしょう。

 

一方、下層階級には、別の理由から自己規律、並びに、順法精神を欠く環境があります。スラム街がしばしば犯罪の温床となり、一般の人々が足を踏み入れるのに躊躇する危険な場所であるように、同階級では、野放図で退廃的な生活習慣が蔓延ると共に、非合法的な手段で日々の生きる糧を得ている人が多いのです。法律を誠実に順守し、良心に従って生きることができない環境こそが、無法地帯を形成してしまうのです。

 

このような共通性が上流階級と下層階級との間にあるとしますと、既存の社会を破壊して自らの望む方向に世界を変えたい勢力が、これを見逃すはずはありません。少数派ではありながら両者を左右の両極においてその双方を上手に操れば、多数派である一般の人々を挟み撃ちにすることができるからです。近現代国家にあっては、民主的な政党政治は、二頭作戦、あるいは、多頭作戦にとりまして好都合でもあります。国民は、自らの政治的権利の行使として、自発的に罠に嵌まってくれるからです。また、近代以降の植民地化の過程を見ましても、アジア・アフリカにあって王族や部族長といった支配者層が代官的役割を果たすと共に、下層階級にも働きかけを行い、伝統的な既存の社会を壊すための反体制勢力などの実行部隊の暴力装置として育てています。

 

上下間の共通性を利用した二頭作戦は、先進的な民主的国家から途上国に至るまで、世界各国で成功を収めてきたのですが、二頭作戦は、今日、最終段階に入っているようです。王族や皇族を見ましても、婚姻を介して上下が結び付いたことから、上流なのか下流なのか見分けがつかず、セレブと呼ばれる人々も、どこかスラム風の不健全な雰囲気を漂わせています。そして、上下の一体化が顕在化してしまったことで、同作戦は、思わぬ抵抗を受けているように思えます。そして、これこそが、二頭作戦を遂行してきた勢力の誤算とも言えましょう。それでは、同作戦に抵抗しているのは、一体、誰なのでしょうか。

 

それは、自らを律すると共に順法精神を尊び、かつ、良識や常識を備えた中間層の人々のように思えます。二頭作戦にあっては、両極からの挟み撃ちにより、中間層を含めた自らの勢力以外の全人類を最終的に’下流’に転落させる必要があります。しかしながら、元より中間層の人々は、マジョリティーである上に常識的な人々ですので、メディア等を介して社会全体の無秩序化、あるいは、スラム化を図ろうとしても自ずと反発や反感を買ってしまうのです。実のところ、今日における政治家と国民との間の意識の乖離や政治不信の原因も、二頭作戦の限界の現われであるのかもしれません。

 

二頭作戦に失敗要因があるとすれば、それは、上下間の共通性を上手に利用したつもりが、これら両者と中間層との間の相違に関心を払わなかった、あるいは、気が付いてはいても、その抵抗力を軽視したところにあるのではないでしょうか。真に中間層を取り込もうとすれば、自らが自己抑制的で順法精神に富み、かつ、良識的な一般の人々に変わらなければならないはずです。そしてそれは、組織そのものの自発的解散、即ち、自己消滅を意味するのかもしれません。

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