万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

皇統と合理主義-遺伝学の衝撃

2019-10-23 15:43:13 | 日本政治
メンデルによる遺伝の法則の発見は、人類が生命の不思議を解明する入口に立つと共に、社会の在り方にも多大なる影響を与えることとなりました。その衝撃性において、メンデルはダーウィンにも優るかもしれません。何故ならば、遺伝学上の見地は、世襲に関する伝統的な考え方を覆してしまったからです。日本国の皇統に関しても例外ではなく、以下に述べるような問題を提起しています。

 母親は‘借り腹’に過ぎず、子は父親のいわばクローンであるとする考え方は、今日、遺伝学によって完全に否定されています。ランダムな染色体の組み換えためにその比率に違いがあろうとも、いずれの子も、両親の双方から染色体を引き継いでおり、もはや母親は‘無関係’とは言えなくなりました。このことは、側室を母とする大正天皇のように、戦後の正田家からの入内以前に遡って皇統が希薄化していたことを意味します。その一方で、Y染色体のみが父親から男子に確実に継承されるため、36本の染色体の1本に過ぎないにせよ、遺伝学に立脚した新たな父系主義も登場したのです。

 遺伝のメカニズムが明らかになるにつれ、さらにはっきりしてきたことは、建国の祖の遺伝子は、婚姻を同一血族間に限定しない限り、残りの大多数の遺伝子は、代を重ねる度に急激に減少するという事実です。平安時代にあっては藤原氏が皇后や中宮の地位を独占しましたし、その後も戦国大名等の女子が入内していますので、万世一系が保たれているとすれば、天照大神の子孫とされる神武天皇の遺伝子は、おそらくY染色体のみかもしれません(ただし、天照大神は女神であり、しかも皇孫とされる瓊瓊杵尊は、素戔嗚尊の佩く剣と、天照大神のみずらと腕に巻かれた首飾りから生じていることから、皇統男子特有とされるY染色体の特定自体がそもそも困難…)。

 また、遺伝学によって皇族が受け継ぐとされる‘神の血脈’を証明することは殆ど不可能となりました。DNA配列とは暗号のような記号であって、しかも、分離可能な情報パーツです。すなわち、一個の統合された人格や身体であっても、遺伝子レベルで見れば、分解可能な膨大な情報パーツによって構成されているのです。何故、生物は一個の意思を有するのかは未解明の謎ですが、建国の祖やその後継者のみが排他的に有するDNA配列は存在せず、しかも、何らかの固有なDNA配列を有していたとしても、それが他の人類とは全く異なる‘神’のものであるはずもありません。

 そして、ヨーロッパの王室では、男子優先の継承ではなく性別をなくして長子継承に切り替えましたが、遺伝学的見地に基づけば、この継承法は合理的ではありません。仮に、建国の祖、あるいは、先代君主の血統を後世に残そうとすれば、全ての子のDNA検査を実施し、その中から最も多く正統性の根拠となる人物のDNAを継承している子、あるいは、親族を即位させるのが、最も合理的な方法であるからです。この点に鑑みれば、現皇室に皇位継承権を独占的に認める必要性はなくなります。

 以上に述べてきた遺伝学的な見地からしますと、今日の皇族と他の一般の日本国民とを区別することは極めて難しくなります。しかも、皇統の希薄化に留まらず、唯一の拠りどころとされるY染色体の継承に疑義があるとすれば、国民の多くは、皇族を‘神の子孫’や貴人として素直に敬うことはできなくなります。それは、理性に反する、あるいは、自らの心に嘘を吐くことになるからです。国のトップの一挙手一動に全国民が一喜一憂するよう強いられる、北朝鮮のようなパーソナルカルトの世界に住みたい人は、殆どいないのではないでしょうか。

 全国民に崇敬を要求する皇室の現状は、合理的に物事を考える人であるほど、精神的な苦痛として感じることとなりましょう。こうした混沌とした状況から脱するためには、先ずは、天皇陵の発掘と現皇室のDNA鑑定を実施する必要があるかもしれません。歴代天皇のDNA鑑定は、日本国の歴史を明らかにする上でも重要な作業ですが、遺伝的継承の有無やY染色体の一致・不一致による万世一系を検証することができます。そして、戦国時代に布教を試みた宣教師が評したように、元来日本人は合理的な考え方をしますので、たとえ、教科書の説明とは違う結果が判明したとしても、国民の多くは、それを、事実として受け入れることでしょう。

カルト的な手法で国民を北朝鮮的世界へと誘導しようとする政治家やメディアよりも、一般の日本国民の方がはるかに精神的に成熟し、かつ、冷静に皇室を見つめているように思えます。事実が判明すれば、もやもやしていた感情が晴れ、むしろ未来に向けて新たな一歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。

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4 コメント

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メンデルなど出さなくても (Unknown)
2019-10-24 03:34:02
 子が両親、祖父母、曽祖父母などに似ているのは誰でもわかる。腹は借り物などと言うのは空想で、母親は誰かわかるが父親はわからないかもしれない。何しろ受精卵への遺伝子を与えたに過ぎないから。
 おそらく財産だとか、家だとかが重視されだしたから、父系相続になったのだろう。それでも平安時代は母方からの相続が普通。光源氏も母方の大納言家の家を相続している。
 神武天皇がどうのこうのなど皇国ファンタジーを言ってもしょうがない。卑弥呼が魏に使いを出した頃が、あんな状態だから、神武などは、おそらく不比等たちが生み出したファンタジーにすぎない。それでも神武の子孫と言われる家に王家を限ったので、蘇我氏が滅んだ後は、王様を巡って各家の王位争いはなくなった。チャイナは、それができなかったので、姫とか劉とか李とか王家がたくさんあって易姓革命で混乱。
 おそらくシナ文明の生まれた華北の中原の混乱から逃げ出した部族が南へ北へあるいは海の向こうへと移動したのだろう。四大文明の一つを生み出した漢族は春秋戦国の混乱の中で滅んだ。日本の王様も、こういう中原を逃げ出した一部族の部族長だったのかもしれない。江南へ行って稲作部族と混合、やがて何らかの道で日本へ上陸したのだろう。ミャンマーのカレン族も春秋戦国の頃に中原からあそこまで移動しているので、船で日本へ移動するぐらいは大したことではなかったと思われる。案外、周王朝の一族である呉の太白が日本の王家の先祖かもしれない。
Unknownさま (kuranishi masako)
2019-10-24 09:02:11
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 古代にあって、中国大陸、否、それ以西の地位からも多様な人々が我が国に辿りついたことは十分に推測されるシナリオです。この件につきましては、本日の記事で扱う予定です。ただし、2000年以上の年月をかけて我が国が独自の独自の文化を発展させ、国民統合をも果たしてきた歴史は忘れてはならないと思います(メビウスの輪戦略に嵌らないために…)。
Unknown (天照さんは男)
2019-10-24 10:57:53
私には、天照皇大神が女神だったとの話は、女帝の推古天皇の権威を高めるために神話が当時書き換えられたとみる説が腑に落ちます。もっとも、神はもともと性別がなく、人(後に神にはなるが)としては、いざなぎ・いざなみや、アダムとイブの段階で初めて性別が分かれ、生殖による繁栄が「さざれ石の巌となりて、苔のむすまで」続くことになったのかもしれませんが。 
天照さんは男さま (kuranishi masako)
2019-10-24 20:19:47
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 古事記には、幾つかの異なる伝承が並列的に記載されておりまして、複線的な構成からしますと、日本国は、幾つかの諸国が統合して成り立ったのではないかと考えられます。そして、その内の有力な一国は、女性が最高祭祀を務めていたのではないかと推測しております。もちろん、こうした説も数ある説の一つなのですが・・・。

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