万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

アメリカのWTO脱退は何を意味するのか?-‘中心国必衰’のメカニズムからの脱皮

2018年07月03日 15時54分49秒 | 国際経済
トランプ大統領、WTO脱退計画を否定
自由貿易主義に背を向けてきたアメリカのトランプ大統領は、遂に、WTOからの脱退を示唆したと報じられております。この発言は、即、否定されたとはいえ、仮に同方針が実現すれば、戦後の国際通商システムの大転換となるのですが、その根本的な原因は、自由貿易主義理論に対する過信であったのかもしれません。

 近現代における自由貿易体制には、二つの波があったとされています。その一つは、世界に先駆けて産業革命を成し遂げ、抜きんでた生産力で「世界の工場」と化したイギリスを中心とした自由貿易体制であり、1860年頃にピークを迎えています。この体制は、やがて新興国であったアメリカの挑戦を受けると揺らぎ始めます。世界大のブロック経済化を経て、第二次世界大戦における連合国側の勝利を機にブレトン・ウッズ協定、並びに、GATTが成立すると、アメリカを中心とした自由貿易体制が誕生するのです。何れの自由貿易体制も、牽引役となるイギリス、及び、アメリカといった経済大国が存在しておりました。

 ところが、こうした自由貿易主義の旗振り役の国が永遠にトップの地位に留まることができるのか、というと、イギリスの衰退に象徴されるように、そうではないようです。関税や非関税障壁の撤廃を意味する自由貿易主義には、当然に国際的な自由競争が伴いますので、仮にトップの座を維持できるとすれば、それは、国際競争力における優位性を維持している場合に限られます。しかも、こうした自由貿易の中心国の通貨は、ブレトン・ウッズ体制における固定相場制に典型的に見られたように、貿易決済、海外投資、及び、外貨準備等に用いられる国際基軸通貨としての高い安定性を強く求められます。結果として、自国通貨高=米ドル高となり、自国製品の輸出には不利となるのです(自国通貨高により、「世界の市場」として輸入品は増加する一方で、他の対米輸出諸国は潤う…)。言い換えますと、自由貿易主義体制には、‘盛者必衰の理’の如く、‘中心国必衰’のメカニズムが組み込まれているのです。そして、この傾向は、グローバル化の加速によって、自由貿易が想定してきた財のみならず、サービス、資本、労働力、知的財産、情報等が自由に移動する時代を迎えると、新興国の台頭も手伝って、中心国の衰退に拍車をかけるのです。

かくして、アメリカもまた衰退に見舞われるのですが、自由貿易体制が、中心国の犠牲と寛容の下で維持されてきたとしますと、今般、アメリカがWTOからの脱退を模索しているとしますと、それは、自由貿易体制の中心国としての重荷を降ろす意向を示したことを意味します。と同時に、国際通商体制もまた変容を迫られるのであり、全ての諸国に対して劣位産業、あるいは、国際競争力に劣る分野に対して淘汰という犠牲を強いる現行の体制が望ましいのか、という根本的な問題に直面することとなりましょう。リカードに始まる比較優位説では、非情な淘汰を当然のプロセスとして正当化し、競争上の重要な勝敗の決定要因となる‘規模’の格差問題も看過されていますが、アメリカのWTO離脱問題は、古典的な理論に固執することなく、現実を見据えた新たな国際通商体制を再構築すべき時期の到来を告げているのかもしれません。

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5 コメント

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アメリカはどこにfwu (のま)
2018-09-19 20:44:12
トランプは既存秩序を破壊したいのでしょうが先が見えません
ところでプラザ合意によってアメリカはドルを大幅に切り下げましたね
“ドルの過剰流動性”についてのことですが、アメリカのホワイト案が取られ、国際通貨“バンコール”の創設を提案したケインズ案は否決されました。

ケインズ案の方が優れていたといわれていますが
詳細は
「ドル本位制に関する一考察 松浦一悦」で検索すると出てきます
ただ少し頭が痛くなる難解なもので全部を理解する根気は私にはありませんが、よろしければどうぞ。

成熟した経済などと言いますが、つまりモノよりお金を欲しがる状態。そうなるとご存知のように低成長になりますが・・・・

新興国のほうが人件費等あらゆるコストが安く、そして基礎からの独自開発よりキャッチアップのほうがたやすい以上、技術獲得の速度が速い。
なのでたえず先進国は新規のイノベーションを起こさないといけない宿命を持つのですが日本はできるのでしょうか。
盛者必衰なのでしょうね。

ところでまだ今のところ日本のほうが中国より庶民にとっては暮らしやすいようです。
たとえば牛丼価格は同じですが上海の一時間のアルバイトの時給は350円あたりだそうです。
ただ米肉野菜は日本よりかなり安いですが。

このままでいくと中国はバブル崩壊などで一波乱、そこでいったん後退してのち、再び順調に成長。そして徐々に世界の平均成長率に落ち着くことでしょうね

米中の争い。終わりが読めないようです
トランプは既存権力を破壊したい想いではあるものの、暗中模索しながら進んでいるという印象です。

米中貿易戦争について考えてみたかったので過去のこれを開かせて頂きました。
円を基軸通貨に という話し (再び)
2018-09-19 21:15:25
今後、ドルの基軸通貨制度などこれまで世界の金融や経済支えてきた仕組みや体制が維持できなくなるだろうといわれています、
『アメリカドルと並行して人民元、円、ユーロなど他国の通貨、 IMFのSDRが基軸通貨として使われていくようになる。』という予測があることはあるのです。

のまさま (kuranishi masako)
2018-09-19 21:54:13
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 正直申しまして、ビットコインの’無秩序’な登場に対してIMFが黙認いたしましたように、現在、国際社会には、新たな国際通貨制度に関するアイディアがないのではないかと思います。国際社会において共通化を創設しようにも、ユーロの実験が示しますように、厳しい条件を満たす必要があり、国家間における経済格差が、混乱をもたらすことは必至です。それでは、どうすべきなのか、これこそ、今後、人類が考えるべき重要課題ではないかと思います。
ご理解であるなら非掲載ノーコメントで (のま)
2018-09-22 21:51:47
私が間違っているならご指摘ください
文中にある盛者必衰のメカニズムが内臓という部分がわからないです。

じつは暗に申し上げたかったことは、世界のドル需要にこたえるために、あるいは西側を支える援助として基軸通貨のドルは「どんどん外へ流出していきドルの信認は低下する」という流れが宿命づけられていた一方で「金との兌換に裏付けられた信認を保たねばならない」
これが流動性のジレンマで、それ以上の話ではなく、中心国必衰の内臓メカニズムでも何でもないと思うのですがいかがでしょう

必衰のメカニズムとしてわたしなりの知恵で話したのが上のことです
トップ国は高賃金高コストの中でそれを維持するためにはパイオニアとして新分野を開拓しなければならない。しかし開拓できたとしてもそのスピードは新興国の模倣やキャッチアップの速度に負けるでありましょうし、いわゆるアメリカは成熟した社会であるため高成長ができない。向こうはかなりの高成長を成熟するまで続けて追い上げてくる。
中心国必衰の理を探すならそこかな、という私なりの私見ですが分かりにくく書いてすみません。
間違っていたら軽くポンと指摘いただけると幸いです。同じ意見であるならばこれは非掲載、ノーコメントとしてください。
のまさま (kuranishi masako)
2018-09-23 08:02:44
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 のまさまのおっしゃることはご理解いたしますが、いささか説明を要するかと考え、ご返答申し上げます。ブレトンウッズ体制は、事実上の金・ドル本位制でしたので、貿易赤字は地金の海外流出を伴い、必然的に同体制を崩壊に導きました。言い換えますと、この時期、アメリカに圧倒的な金準備があったからこそ、実現した米中中心の国際経済体制であったとも言えます。ニクソンショックにより金本位制が放棄され、変動相場制に移行した後も、ユーロが登場するにせよ、米ドルは、国力を背景に国際基軸通貨の役割を維持しております。しかしながら、現体制は、金保有の裏付けのないブレトンウッズ体制よりもさらに脆弱ですので、中心国=国際基軸通貨提供国の役割も弱体化し易い環境にあります。中心国が輸入大国となる側面を以って、’中心国必衰の内臓メカニズム’と表現したのですが、この問題は、今後の国際通貨体制の議論にも影響を与えるのではないかと思います。説明不足、並びに、誤解を与えますような書き方をいたしまして、申し訳ありませんでした。

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