万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国は台湾を主権国家として認めた?-「92年コンセンサス」のどんでん返し

2022年05月11日 13時18分30秒 | 国際政治
 ウクライナ危機にあって、ロシアが自らの軍事行動を正当化する根拠の一つとして挙げていたのが、NATOによる東方拡大、即ち、ウクライナのNATO加盟問題です。プーチン大統領は、東西ドイツの再統一に際してソ連邦とNATOとの間に非拡大が約されたものの、NATOが一方的に同合意を反古にしたと主張しているのです。加えて、ロシアは、2015年2月にウクライナにドイツとフランスの2国を交えて合意した停戦協定(ミンスク合意)にも、ウクライナ側が違反していると主張しています。NATO不拡大合意の存在については不確かなのですが、過去の合意反古が侵攻を正当化し得るとしますと、中国もまた、台湾に対して同様の口実を以って武力併合を試みる可能性がありましょう。

 それでは、中国と台湾との間には、同様の国際合意は存在するのでしょうか。実のところ、両国の間には「92年コンセンサス(「九二共識」)」というものがあるらしいのです。’92年’と銘打つように、同合意は、1992年に、香港において外交窓口として設けられた民間機関、海峡両岸関係協会(中国)と海峡交流基金会(台湾)との間で成立したとされています。もっとも、ドイツ再統一時のNATO不拡大合意の存在に懐疑説があるのと同様に同合意の存在についても異議があり、とりわけ台湾側では否定的意見が強い傾向にあります。

 しかも、「92年コンセンサス」をめぐっては、不在論に加えて、解釈の不一致という問題もあります。同合意の内容については、台湾側が「双方とも『一つの中国』は堅持しつつ、その意味の解釈は各自で異なることを認める」と解釈する一方で、中国側の解釈は、「双方とも『一つの中国』を堅持する」としているからです。中国側からしてみれば、同合意を持ち出せば、両国が’一つの中国’、つまり、一国であるならば台湾問題は国内問題となり、外部者、すなわち、アメリカの介入を阻止できるからです。しかも、台湾側も同意していたとなれば、鬼に金棒なのです。しかし、もっとも、「92年コンセンサス」は、必ずしも台湾にとりまして不利というわけではないように思えます。その主たる理由は、凡そ二つあります。

 第1の理由は、台湾国内にあって同合意の肯定論が国民党において強いように、国共内戦を戦った中国共産党と国民党との間の合意という側面が強い点です。つまり、同合意における「ひとつの中国」とは、中国は一つの国であるけれども、共産党系の北京政府と国民党系の台北政府の政府が併存しており、相互に政府承認を行ったという解釈も成り立つことになります(北京政府は国連に対して中国の代表権を有しているに過ぎない…)。国民国家のモデルからすれば、一国二政府論の形態は極めて例外的な存在ですが、世界にはアンドラのような稀なケースもあり、中国の一国二政府の形態もあり得ないわけではありません。しかも、台湾は、政府の独立性を以って国家としての独立性を主張する国際法上の根拠を備えたことにもなりますし、将来的に中国が、「一つの中国」を根拠に台湾の共産化を図ろうとした場合にも、逆に、台湾側から中国の民主化を試みることもできます。もう一つの’政府’である台湾政府の民主化、並びに、自由化の呼びかけに応じる中国国民も少なくないかもしれません。

 第2の理由は、中国が「92年コンセンサス」を国際合意として主張することが、台湾に対する国家承認を含意することになることです。国際法にあっては、一先ずは、’他国と関係を取り結ぶ能力’を国家承認の要件の一つと見なしています。中国は、近年、台湾と国交のある諸国に対して積極的に断交を促すべく外交攻勢を仕掛けているものの、「92年コンセンサス」は、中国が自ら台湾の国際法主体性を認める行為に他ならないのです。

 近い将来、中国が台湾に軍事侵攻した場合、台湾関係法によりアメリカによる台湾支援が予測されますので、ウクライナ危機同様に第三次世界大戦に発展するリスクがあります。こうした台湾危機を未然に防ぐためにも、台湾の国際法における地位をより確かにする必要がありましょう。この点、「92年コンセンサス」は、むしろ、台湾が独立主権国家として地位を確立する上で有利に働く可能性があるのではないかと思うのです。
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