万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

’日本の多様化の嘘’は世界観の違いでは?

2021年07月30日 19時07分47秒 | 国際政治

東京オリンピック・パラリンピックの開会式において聖火の点灯を大阪なおみ選手。メダル獲得が期待されていたものの、女子テニスシングルスの試合では、三回戦で敗退することとなりました。こうした中、これを機に同選手に対するSNSによる批判が殺到するようになったというのです。大坂選手批判に対して、’日本の多様化は嘘’とするタイトルの記事まで登場するようになりました。

 

 ’日本の多様化の嘘’の意味するところは、’オリンピックの開会式の表舞台では、大坂なおみ選手や八村選手といったアフリカ系の選手を抜擢し、多様化をアピールしながら、その実、裏ではSNSなどで酷いバッシングが起きている。裏表のある日本は、世界に対して嘘を吐いている’ということなのでしょう。しかしながら、この批判、どこか的外れなように思えるのです。何故、的外れと感じるのかと申しますと、この対立の真の原因は、世界観の違いあるのではないかと思うからです。

 

’多様性’とは申しましても、全く真逆と言ってよい二つの世界観が混在しております。第一の’多様性’とは、人類史において生じた人種や民族等の違いを尊重し、お互いに異なる文化や伝統などを認め合うというものです。全世界の多様性とは、いわば地球上の棲み分けによって実現しているのであり、民族自決を原則とする今日の国民国家体系と高い親和性を有します。同世界観からしますと、アフリカ系の選手を「日本の顔」とした人選に対して違和感が生じてしまいます。

 

 第二の’多様性’とは、多様な要素の融合を意味します。人種といった異なる遺伝子の融合のみならず、歴史や民族性に由来する文化、伝統、慣習なども全て混合の対象となるのです。彩り豊かな絵の具を混ぜるとモノトーン一色となるように、その先に待っているのは、色彩のない、すなわち多様性の失われた世界です。人種も民族も一色に融解してしまうのです。この世界観から見れば、今般のアフリカ系選手を日本国の代表とする起用は、自らが理想とする世界へ一歩も二歩も近づいたこととなります。上述した’日本の多様性の嘘’という記事は、同スタンスに立脚して書かれたものであり、いわば自らの’信仰告白’に過ぎないとも言えましょう。そして、同世界観は、今日の国民国家体系には馴染まず、むしろ、’世界帝国’や’世界政府’との間に高い親和性が認められるのです。

 

 加えて、この問題をさらに複雑にしているのは、アメリカにおける人種差別問題です。同国での人種差別は、奴隷貿易の犠牲者であるアフリカ系の人々が差別されてきた歴史に根差しています。大坂選手が支持を表明したBLM運動も差別解消のための活動なのですが、人種差別問題が絡むことにより、第1の世界観からアフリカ系の選手を「日本の顔」とする人選を批判しますと、人種差別主義者と見なされ、果ては、「恐怖や憎しみ、そして無知を基盤にする集団」として罵倒されてしまうのです。

 

 アフリカ系の選手を「日本の顔」とする人選にまつわる論争の根源に世界観の違いがあるとしますと、両者の主張は平行線を辿ることとなりましょう。目指す世界が正反対なのですから、合意形成は極めて難しいのです。もっとも、第2の世界が現実のものとなりますと、最終的には多様性が消滅するのですから、これこそ’多様化の嘘’となるのではないかと思うのです。

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