万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

デジタル人民元は貨幣の私物化?

2019-10-28 14:11:18 | 国際政治
今日、数多くの仮想通貨が登場すると共に、政府の後押しの下に、急速にキャッシュレス決裁も普及しています。中国では、習近平国家主席がブロックチェーンの開発に取り組むよう外為当局に指令したとも報じられており、デジタル人民元発行の動きを加速させています。10月下旬には、全人代が暗号資産に関する法律案を成立させており、来年1月1日に施行される予定なそうです。こうした動きの背景には、‘紅い通貨’によって全世界を紅色に染めようとする通貨覇権の野望が隠れているのでしょうが、既成事実化による国際通貨制度の‘合意なき変更’、あるいは、中国による‘乗っ取り’も起きかねないリスクを指摘することができます。そこで、将来の国際通貨制度を考えるに当たっては、まずは、貨幣とは何か、という原点に帰った議論も必要なように思えます。

 貨幣の三大機能とは、支払い手段、価値尺度、並びに、価値貯蔵手段の三者です。発生史から見れば、貨幣とは、人々が自らの必要とするものを手に入れるに際して間接交換の手段として誕生しており、‘必要は発明の母’の観点からすれば、支払い手段が最も基本的な原初的な機能でした。価値尺度や価値貯蔵手段としても機能するのは、間接交換の手段である以上、貨幣には交換価値が備わっている必要があったからです。乃ち、それを交換手段として使用する人々が、共に貨幣として使用される‘もの(物質)’に対して価値を認める状態を必要としたため、誰もが価値があると認める‘もの(物質)’が貨幣として自然に選ばれたのです。古代にあっては、タカラガイや石なども貨幣として使用された時代もありますが、最も一般的な貨幣の素材は金や銀と言った希少金属でした。

 ところが、希少金属を貨幣の原材料とする場合、その高温で融解する性質上、銅といった他の金属を混ぜることができますので、必ずしも価値が一定するわけではありません。今日でも18金もあれば24金もあるように、一枚の金貨とは言っても金の含有量によって価値に違いが生じてしまうのです。この状態では、価値尺度や価値貯蔵のみならず、貨幣の第一義的な役割である支払手段の役割さえ十分には果たせません。例えば、ある商品に‘1金貨’と値が付いていたとしても、使用された金貨の金含有量によって、受け取る側の利益も全く違ってくるからです。価値が不安定な状態では、商工業も発展を望めません。

そして、ここに、国家が貨幣に関する権限を有するに至る理由を見出すことができます。国家は、国営の貨幣鋳造所を設けたり、貨幣に含まれる希少金属の含有比率を公式に決定し、固有名詞を付した通貨単位を定めることにより、コインの価値を安定化させる役割を担うようになったからです。最古の国家公認のコインは、紀元前660年頃にリディア国のギュゲス王が発行した金貨でしたが、国家の刻印が付された貨幣は、最も信頼性の高い通貨として広く使用されることとなるのです(このケースでは、良貨が悪貨を駆逐している…)。

ただし、国家は、必ずしも民間の貨幣需要に応え、かつ、商工業の発展を支えるために、通貨価値の安定を最優先として貨幣を鋳造したわけではありませんでした。国庫の財政状況、-得てしてその目的は巨額の軍備の調達や君主の贅沢等に伴う財政赤字なのですが-、国家は自らの都合に合わせて通貨の改悪を行ったため(金等の含有率を下げる…)、しばしば、一般の国民は、貨幣価値の下落に伴うインフレに悩まされることともなったのです。

 以上に政府と貨幣との関係の始まりを確認しましたが、ここでまず注目すべきは、デジタル人民元は、発行体である中国と云う特定の国家と直接的に結びついているという点です。長くなりますので紙幣の時代の到来については後日に譲ることといたしますが、原点に帰れば、デジタル時代に至っても、政府と貨幣の関係が消滅するわけではなく、それ故に、デジタル人民元が全世界で使用される事態に至れば、全世界の金融・通貨政策に関する権限が中国の手中に収められるに等しくなるのです。そして、政経を一体として捉える共産主義を堅持する中国が、自らの国益のために同権限を行使することは目に見えています。貨幣が世界支配の道具とされるかもしれないのです。

 もっとも、フェイスブックのリブラ構想や中国のデジタル人民元発行計画は、改めて人類に対して通貨の在り方や国際通貨制度の将来ヴィジョンを問う機会を与えているように思えます。少なくとも、ひとつだけはっきりと言えることは、個人であれ、企業であれ、特定の国家であれ、貨幣に関する権限を私物化してはならないということなのではないでしょうか(中国人民銀行は国内にあっては公的機関ですが、国際社会では違う…)。貨幣とは、日々、社会に必要とされる様々な活動を行っている、全ての人々のためにこそ誕生したのですから。

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2 コメント

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デジタル人民元もスマホ決済と (Unknown)
2019-10-29 03:43:24
 同じ動機があると思う。あなたが書いているように金属の貨幣には品質の劣化と言う可能性がある。一方、紙幣には偽札と言う問題がある。
 そこで暗号の堅牢性に注目したのだろう。おそらくデジタル人民元はビットコインなどと違って、量子コンピューターのよって暗号を作成することになる。グーグルが量子コンピューターを開発したと発表したが、おそらくチャイナも開発している。フィリピンへの送金実験も量子通信の実験だったのだろう。
 チャイナが海陸のシルクロードで通商国家としてやって行くには通貨の堅牢性と送金の安定性が必要。現在のインターネットではハッキングなどは避けられない。ドルはアメリカのものであり使えない。気に入らない国にはドルの調達を難しくする国だから。ドルが基軸通貨として公共財なら仮想敵国でもドルの調達を妨げてはならない。言わばスエズ運河でイランの商船に喜望峰を回れと言っているような国だから。
Unknownさま (kuranishi masako)
2019-10-29 07:35:07
 コメントをいただきまして、ありがとうございました。

 グーグルが開発した量子コンピューターの実用化にはまだ時間がかかるそうなのですが、仮に通貨の信頼性が通用力を決定するとしますと、フェイスブックではなく、グーグルが発行する量子通貨の方(goo?)がリブラのデジタル通貨よりもグローバル通貨として有力ということになりましょう。しかしながら、中国であれ、民間企業であれ、本記事で指摘いたしましたように、一民間組織や特定の国家によるグローバル通貨の発行は、公共性の欠如、あるいは、これらによる金融支配への従属という問題が生じます。テクノロジーによる通貨の信用性のみが通用力を決定するとは思えないのです。

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