万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

英王室の曲がり角―辞めたのは‘イギリス’の王族?

2020年01月11日 13時23分32秒 | 国際政治

 

 イギリスのヘンリー王子とメーガン妃が公務からの引退を突然表明した一件は、EUからの離脱を意味するブレグジットをもじって‘メガジット’とも評されています。同離脱表明は、離婚歴があり、かつ、アメリカ人であったシンプソン夫人との婚姻のために王位を捨てたエドワード8世の前例を思い起こさせるのですが、両者の間には相当の違いがあるように思えます。そして、この相違からは、今日の王室、および、皇室が抱える問題点が浮かび上がってくるのです。

 

 ヘンリー王子夫妻が放棄したのは、王位継承権でもなければ、王族としての地位でもありません。あくまでも、‘高位王族’と称される立場であり、これは、エリザベス女王に代わって公務を務める資格を意味するそうです。おそらく、主としてイギリス国内にあって様々な行事に臨席したり、全国津々浦々を訪問して国民と直接に接するのがその職務なのでしょう。すなわち、同夫妻は、王室と国民との絆を深める役割から身を引くことを宣言したと考えられるのです。今後、同夫妻が、アメリカやカナダに活動の場を求め、住まいを移す方針にあることも、イギリスからの離脱の決断を裏付けているようにも思えます。

 

 それでは、何故、同夫妻は、イギリスの地を離れたいのでしょうか。同夫妻がイギリスを離れたい理由には、メーガン妃に対するイギリス国民の違和感や抵抗感、ウィリアム王子夫妻との不和、そして、主因として報道されているようなパパラッチによる必要な取材もあるのでしょう(全国各地を訪問しても、同夫妻は必ずしもイギリス国民から歓迎されるわけではない…)。その一方で、もう一つ、推測される理由は、英国王、英連邦の盟主、そして、ユダヤ系グローバル・ネットワークのキーパーソンズという英王室の三重の立場です。

 

メーガン妃がアフリカ系であることは、アフリカ諸国をもメンバーに含む英連邦を束ねるイギリスとしては、好材料であった面もないわけではありません。英連邦の一員であるアフリカ諸国は、メーガン妃が王室の一員となることでイギリスとの一体感を強めたことでしょう。また、国内を見ても、植民地であった英連邦諸国に対する優遇措置の結果として、数多くのアフリカ系の国民や移民も居住しており、これらの人々も英王室に対して親近感を持つきっかけとなり得たからです。因みに、ヘンリー王子夫妻の長期滞在が予定されているカナダには英国王から名代として総督が任命されていますが、歴代総督には香港系やハイチ系の顔ぶれも見られ、いわば、多民族で構成される英連邦の世界戦略の前線に位置しています。この観点からしますと、カナダ国民の61%が、ヘンリー王子が次期総督に就任することを支持していると回答した世論調査の結果は、大変興味深いと言えましょう。

 

加えて、大英帝国の絶頂期にあったヴィクトリア時代にあって初めてユダヤ系のディズレーリ内閣が誕生したように、イギリスの世界戦略は、ユダヤ人の国際ネットワークとの協力関係を構築しつつ遂行されてきました。イギリス王室もユダヤ系といっても過言ではなく、キャサリン妃のみならず、メーガン妃もユダヤ人の血脈を引いています。否、‘ユダヤ系でなければ王族、あるいは、王妃にはなれない’という‘暗黙の掟’があるのかもしれません。もしかしますと、ユダヤ系グローバル・ネットワークのトップこそ、文字通りの‘キング・メーカー’であり、ヘンリー王子夫妻も、その意向を受けて行動しているのかもしれないのです。

 

以上に述べましたに、英国王が、国家としてのイギリス、国際組織としての英連邦、そして、グローバルなネットワークとしてのユダヤ人という、三つのレベルの‘王’を兼ねているとしますと、ヘンリー王子夫妻が、引き続き女王を支援する意向を表明した理由も理解されます。メディアは、同夫妻の‘高位王族’からの引退について英王室は憤慨しているかのように報じていますが、表向きは不満なように装いながらも、英連邦、あるいは、ユダヤ系のグローバルの戦略には沿っているとも推測されるからです。すなわち、イギリスという国家の王族としての役割は他の英国人系の王族に割り振り、ヘンリー王子夫妻には、多民族集団である英連邦、並びに、ユダヤ系グローバル・ネットワークの象徴として行動してもらうという…。しかも、‘英王室’の影響力を全世界に広げることもできるかもしれないからです(もっとも、ユダヤ勢力も一枚岩とは限らず、王室内の不和は内部抗争である可能性も…)。

 

そして、この点から今般の行動を眺めますと、エドワード8世のケースとの比較は際立ちます。エドワード8世は、イギリスの国王としての責任を果たせなくなったが故に退位を余儀なくされましたが、ヘンリー王子の場合は、イギリスという国家も国民もそれに対する責任と共にあっさりと捨てて、自らにとって居心地の良い英連邦、並びに、ユダヤ系グローバル・ネットワークのために生きることを選択したのですから。特に後者は、退廃的な生活や私的欲望の追及には寛容ですので、イギリスにあってイギリス人らしく、かつ、伝統的な王族らしい振る舞いを要求されるよりも、英王室というネームバリューだけは利用した安逸な生活を送るほうが、同夫妻にとりましても気楽なのでしょう。

 

もっとも、誤算があるとすれば、それは、一般のイギリス国民の王室に対する感情の変化なのかもしれません。君主が所領を安堵し、外敵に対しては命を賭して戦った封建時代とは違い、既に、世襲の君主が存在しなくとも、国民主権の下で国家を運営できる時代を迎えています。果たして、今日の国民は、王室に対して存在意義を見出すことはできるのでしょうか。ヘンリー王子夫妻に、新たな存在価値を求めてイギリスという国から離脱する自由があるとしますと、王室の存在にうんざりしたイギリスの一般国民にも、脱王室という新しい道を選択する自由がありましょう。今般の一件は、英王室が曲がり角に来ていることを象徴しているようにも思えるのです。

この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 航空機撃墜がイランの誤射で... | トップ | 台湾総統選挙の意味―自由があ... »
最新の画像もっと見る

国際政治」カテゴリの最新記事