午後は、県内外からの一般参加者をお呼びして開催された里地里山フォーラムです。参加費は無料。(別途食事代、懇親会費などは実費程度支払い)
すでに朝から準備されていた屋内外の展示もスタンバイされています。





あっ、これは過日『表丹沢・間伐材等活用デザインコンテスト』で以下の評価で佳作となったマルタフェンスですね。
■マルタフェンス (北野和男 神奈川県藤沢市)
板でなく丸太を並べた、ありそうでなかったフェンス。丸太の輪切りは人気があるので植樹祭での掲示ボードとして使用できる、との評価がありましたが
強度や移動時の利便性などから佳作とさせていただきました。


パネル展示もパーテーション5~6枚の裏表を使ってびっしりと。今回は数枚だけご紹介。



大人が作った完成度の高いパネルはもちろん、小・中・高・大の学生さんのパネル展示も多かったのは、それだけ地域をあげての取り組みなのだと実感。
シンポジウムの口火を切ったのは、俳優の苅谷俊介さん
里山を「無精ひげ」に例えて、だらしない無精ひげは格好悪いが、(たとえばイチローのような(Take注釈))かっこいい無精ひげはいい男に見せる、と語り会場を沸かせます。

そして基調講演はNHKアナウンサーの国井雅比古さん

四季のある美しい国日本をNHKの目ならではの、渋く地味な部分をじっくりと見極めた数多くの番組作りをした、またNHKを代表する番組プロジェクトXの名司会役としての眼力で里地里山を語られます。
そもそも15年前の広辞苑を見ると『里地』『里山』という言葉はない訳です。これは不確かな情報と言いながらも、NHKのドキュメントで一番最初に使った造語だとか。
「ちょっと山に行ってくる」1960年代頃までの農家の方は、畑に行くときそういう言葉を使っていたと話されます。
里山は、神々の住むような聖なるお山と自分たちの暮らしの場である里をつなぐ緩衝地帯で、だからこそ日常の里ではないけれど(恐ろしくて霊的なお山ではなく)息吹のある山でもあるからこそ、そこには物語がある場所だと語られます。
かぐや姫のおじいさんも、こぶとり爺さんも、そこで薪を拾ったり食材を探したりした恵みの場所な訳です。
ある時まで一生懸命取材の協力をしていたインディオたちが朝起きなかったそうです。起こしにいっても動かない。で、理由を尋ねると『自分たちは急速に動き過ぎた。だから今ここで魂が追いついてくるのを待っているのだ』と語ったと、ミヒャエルエンデの言葉を借用して紹介されました。
氏の代表作「モモ」を使わせえ貰えば、100万年かかって作った(100万年の時間を使った)石油をわずか100年ほどで使い切るのは、時間泥棒な訳です。
魂がついて来れない時代だから、人間が壊れるのです、との言葉は実感してしまいました。



このあと2団体の活動紹介と、秦野市の名水の取り組み(名水100選に選ばれた後、平成元年に高濃度のトリクロロエチエン汚染で飲用が出来ないと判明。そこから全地下水の復興に至ったまさに秦野市役所職員のプロジェクトXです)があり、竹田純一氏をコーディネーターとしたパネルディスカッション(前述の国井さん、苅谷さんのほか、渡辺綱男環境庁審議官、高橋生志雄秦野市副市長)となりました。ディスカッションは時間切れで残念な結果でしたが、有意義な学びのときが与えられました。
感謝。(文責:Take)
PS
福井県越前市白山・坂口地区で活動なされている『しらやま・さかぐち水辺の日記』さまの関連BlogにTBさせてもらいました。
すでに朝から準備されていた屋内外の展示もスタンバイされています。





あっ、これは過日『表丹沢・間伐材等活用デザインコンテスト』で以下の評価で佳作となったマルタフェンスですね。
■マルタフェンス (北野和男 神奈川県藤沢市)
板でなく丸太を並べた、ありそうでなかったフェンス。丸太の輪切りは人気があるので植樹祭での掲示ボードとして使用できる、との評価がありましたが
強度や移動時の利便性などから佳作とさせていただきました。


パネル展示もパーテーション5~6枚の裏表を使ってびっしりと。今回は数枚だけご紹介。



大人が作った完成度の高いパネルはもちろん、小・中・高・大の学生さんのパネル展示も多かったのは、それだけ地域をあげての取り組みなのだと実感。
シンポジウムの口火を切ったのは、俳優の苅谷俊介さん
里山を「無精ひげ」に例えて、だらしない無精ひげは格好悪いが、(たとえばイチローのような(Take注釈))かっこいい無精ひげはいい男に見せる、と語り会場を沸かせます。

そして基調講演はNHKアナウンサーの国井雅比古さん

四季のある美しい国日本をNHKの目ならではの、渋く地味な部分をじっくりと見極めた数多くの番組作りをした、またNHKを代表する番組プロジェクトXの名司会役としての眼力で里地里山を語られます。
そもそも15年前の広辞苑を見ると『里地』『里山』という言葉はない訳です。これは不確かな情報と言いながらも、NHKのドキュメントで一番最初に使った造語だとか。
「ちょっと山に行ってくる」1960年代頃までの農家の方は、畑に行くときそういう言葉を使っていたと話されます。
里山は、神々の住むような聖なるお山と自分たちの暮らしの場である里をつなぐ緩衝地帯で、だからこそ日常の里ではないけれど(恐ろしくて霊的なお山ではなく)息吹のある山でもあるからこそ、そこには物語がある場所だと語られます。
かぐや姫のおじいさんも、こぶとり爺さんも、そこで薪を拾ったり食材を探したりした恵みの場所な訳です。
ある時まで一生懸命取材の協力をしていたインディオたちが朝起きなかったそうです。起こしにいっても動かない。で、理由を尋ねると『自分たちは急速に動き過ぎた。だから今ここで魂が追いついてくるのを待っているのだ』と語ったと、ミヒャエルエンデの言葉を借用して紹介されました。
氏の代表作「モモ」を使わせえ貰えば、100万年かかって作った(100万年の時間を使った)石油をわずか100年ほどで使い切るのは、時間泥棒な訳です。
魂がついて来れない時代だから、人間が壊れるのです、との言葉は実感してしまいました。



このあと2団体の活動紹介と、秦野市の名水の取り組み(名水100選に選ばれた後、平成元年に高濃度のトリクロロエチエン汚染で飲用が出来ないと判明。そこから全地下水の復興に至ったまさに秦野市役所職員のプロジェクトXです)があり、竹田純一氏をコーディネーターとしたパネルディスカッション(前述の国井さん、苅谷さんのほか、渡辺綱男環境庁審議官、高橋生志雄秦野市副市長)となりました。ディスカッションは時間切れで残念な結果でしたが、有意義な学びのときが与えられました。
感謝。(文責:Take)
PS
福井県越前市白山・坂口地区で活動なされている『しらやま・さかぐち水辺の日記』さまの関連BlogにTBさせてもらいました。
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