1956年10月14日。この日は反カースト運動の指導者、アンベードカル博士が仏教に改宗した日だ。インド憲法の草案作成者でもある彼は、カースト制により虐げられた下層貧民たちの人権復権のため、彼の支持者38万人と共にインド中部のナグプールで改宗した。毎年この週には、この集団改宗を記念し、何十万もの仏教徒たちがこの地に集まる。
改宗記念行事の撮影のため、先週ナグプールを訪れた。とはいえ、当初は行くつもりではなかったのだが、イタリア人ビデオグラファーである友人のディーノに誘われたのがきっかけだった。
正直なところ、行事自体は思っていた程華やかなものではなかった。訪れる人々は、アンベードカル博士の亡骸の安置されているディキシャブーミ仏塔にお参りし、あとは特に何をするわけでもない。ヒンドゥー教のお祭りのように、歌や踊りがあるわけでもないので、動きのあるドラマティックな写真などほとんど撮れない。
結局満足のいくような写真は撮れなかったのだが、それは別にしてこの行事の取材からいくつかのことを学べたことは儲けものだった。
恥ずかしながらこれまでアンベードカル博士のことはほとんど知らなかったのだが、彼のことやインド仏教の歴史について幾ばくかでも認識が深めることができた。博士の銅像は町の多くの場所に建てられ、行事の最終日には30万人を超す人々が改宗広場に集まった。改宗から50年以上経つ今でも、彼の人気は絶大だ。
もう一つの収穫は、佐々井秀嶺師に会えたことだ。
彼は1967年にインドに渡って以来、アンベードカル博士の意志を継ぎ、インドの下層貧民たちの救済、仏教への改宗に尽力してきた僧侶。ブッダガヤーの大菩薩寺の管理権をヒンドゥー教徒から仏教徒の手に奪還するために闘争も続けており、インド仏教界ではすでに第一人者となっている。
20分程の短い間であったが、勝手に押し掛けた僕に嫌な顔をするわけでもなく、快く話しをしてくださった。「急速な経済成長を遂げるインドだが、下層貧民たちがその恩恵にあずかることはない。彼らが人として人間らしく生きられるための『人間の解放』がわたしの目標」という佐々井師の言葉は、まさに「闘う仏教」を実践する彼の口から出るからこそ強い説得力をもっている。彼との出会いは、僕にとってはこの先少なからず意味をもつものになるだろう。
僕らはフォトグラファーとして、当然のことながら撮影が目的で現場にでかける。しかし写真そのものより、予期せずに出会った人々や付随的な事象から学んだり、心を動かされることが時々ある。
今回はそんな取材のひとつだった。
(佐々井師については数日前にご自身による著書が発売されたので、興味のある方は読まれることをお勧めする。「必生 闘う仏教」集英社新書)
(もっと写真を見る)
改宗記念行事の撮影のため、先週ナグプールを訪れた。とはいえ、当初は行くつもりではなかったのだが、イタリア人ビデオグラファーである友人のディーノに誘われたのがきっかけだった。
正直なところ、行事自体は思っていた程華やかなものではなかった。訪れる人々は、アンベードカル博士の亡骸の安置されているディキシャブーミ仏塔にお参りし、あとは特に何をするわけでもない。ヒンドゥー教のお祭りのように、歌や踊りがあるわけでもないので、動きのあるドラマティックな写真などほとんど撮れない。
結局満足のいくような写真は撮れなかったのだが、それは別にしてこの行事の取材からいくつかのことを学べたことは儲けものだった。
恥ずかしながらこれまでアンベードカル博士のことはほとんど知らなかったのだが、彼のことやインド仏教の歴史について幾ばくかでも認識が深めることができた。博士の銅像は町の多くの場所に建てられ、行事の最終日には30万人を超す人々が改宗広場に集まった。改宗から50年以上経つ今でも、彼の人気は絶大だ。
もう一つの収穫は、佐々井秀嶺師に会えたことだ。
彼は1967年にインドに渡って以来、アンベードカル博士の意志を継ぎ、インドの下層貧民たちの救済、仏教への改宗に尽力してきた僧侶。ブッダガヤーの大菩薩寺の管理権をヒンドゥー教徒から仏教徒の手に奪還するために闘争も続けており、インド仏教界ではすでに第一人者となっている。
20分程の短い間であったが、勝手に押し掛けた僕に嫌な顔をするわけでもなく、快く話しをしてくださった。「急速な経済成長を遂げるインドだが、下層貧民たちがその恩恵にあずかることはない。彼らが人として人間らしく生きられるための『人間の解放』がわたしの目標」という佐々井師の言葉は、まさに「闘う仏教」を実践する彼の口から出るからこそ強い説得力をもっている。彼との出会いは、僕にとってはこの先少なからず意味をもつものになるだろう。
僕らはフォトグラファーとして、当然のことながら撮影が目的で現場にでかける。しかし写真そのものより、予期せずに出会った人々や付随的な事象から学んだり、心を動かされることが時々ある。
今回はそんな取材のひとつだった。
(佐々井師については数日前にご自身による著書が発売されたので、興味のある方は読まれることをお勧めする。「必生 闘う仏教」集英社新書)
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