くにみ塾通信

Kunimi Juku's Bulletin

春と夏との境

2013-04-30 20:27:41 | 塾生へ

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 肌寒いような、汗ばむような、そんな日を繰り返しながら、晩春から初夏へ。木々の若葉の薄緑。盛んに茂ろうとしていますが、まだまだ青空も太陽も透けて見えるほど。日陰をつくるのは、本当の夏が来てからでしょうか。充実する前の、頼りないものたちは、もう間もなく、うっかりしていると気づかないうちに、力強いものになっていきます。


不思議をみつける

2013-04-26 16:45:36 | 塾生へ

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 ネコは好奇心の強い動物です。クウ塾長にとっては、窓から眺める外の様子とか、新しいダンボール箱とか、ネコじゃらしなど。興味の対象はたくさんありますが、「興味シンシン」だったかと思うと、スイッチが切れたように興味を失い、見向きもしなくなります。
 ネコ
どころではなく強い好奇心を持っているのはヒトですが、わたしたちの勉強も日常も、感じる心を持ってこそ、何かを見つけることができるように思います。つまらないと思いながらする勉強が、身にもつかず苦痛なのは当然のこと。知識を増やしそれを活用できるようにする土台は、心を動かすことだと考えています。目先のテストに追われていない小学生クラスで、「心を動かす」授業を重視しているのはそうしたわけです。
 国語テキストの問題文によく取り上げられる、動物行動学者の日高敏隆さんは、指導する学生に、「何か不思議なことを見つけなさい」と話したそうです。不思議を見つける力、不思議に思う力が出てきたとき、子どもたちの目が輝きます。


実力テスト

2013-04-24 22:21:07 | 塾生へ

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 今年度最初の実力テストの結果が届き、生徒に返却しました。今の実力を知るのも大事ですが、それ以上に、ここからどう伸ばしていくか。何をどう頑張っていくか。生徒にとっても、教える側にとっても、重要な返却日です。
 やらなければならないことを理解していても、そのままずっと頑張り続けるということはなかなか難しく、どうしても人の気持ちは緩むもの。「さあ、やるぞ」と思うきっかけを、折々につくっていかなければなりませんが、今日はそうした機会になったようです。授業中生徒たちの頑張ること、頑張ること。現時点でのテスト結果はさておき、嬉しいことです。


さがしもの

2013-04-23 18:39:25 | 塾生へ

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 毎日をつまらないものだと思いたくない。たとえ退屈の中にあったとしても、人は探しているものしか見つけられないから。
 「棒ほど願って針ほど叶う」という諺は、望みは大きくても実際に叶えられることはわずかであると否定的な使い方をされるけれど、英語では「Ask much to have little.」少し得るために多く求めよ、と前向き。
 元気を出して、「探し」「求める」毎日。

 


変わり続ける

2013-04-22 15:43:24 | 塾生へ

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 季節が一回りして、新緑の季節。しかし八重桜のその一花は去年のものではないし、伊呂波楓の一葉も今年新たに芽吹いたもの。同じ新緑の季節の、違う新緑。
 方丈記の「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」からはじまる冒頭文を知ったのは、中学生のときでした。それまで当たり前すぎて何とも思っていなかった移ろいについて、「定めなくはかない、人生や万物の無常」というコトバで知りました。人はコトバによってものを考えます。とすると、このコトバを知ってしまったから余計に「無常」を感じたり考えたりするのかもしれません。
 わたしたちは、永遠に生き続ける命ではないとわかっていながら、その終わりをずいぶん先のもの、まだまだ遠いところにあるものとして、気にも留めずに過ごすのが大方です。そして、時に、ほんの時に、その終わりを予告されることがあります。Sくん。6年足らずのこの世への滞在でした。鴨長明の冒頭文にはこうもあります。「知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。」時間を超えたまたいつか、出会うことができる「あの世」を信じたくなったりします。


クウ塾長ヒト化

2013-04-12 15:21:51 | クウ塾長

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 何となくそうだと感じていることに科学的な根拠を与えることは大切だとは思うのですが、先ごろ、東京大学の研究グループが「ネコは飼い主の声を聞き分けられる」という研究成果を発表し、それがニュースでも取り上げられたことに驚きました。クウ塾長も聞き分けています、確かに。
 クウ塾長は、少々ヒト化しています。二本足で立った状態で平気です。ブラインドやカーテンの向こう側に行きたいときには、上手に手を使います。その使い方は、前足ではなく、どう見ても手の動きです。塾長業務もしっかりこなします。懇談に来られた保護者の方に愛想を振りまき、元気のない生徒に寄り添います。そんな夕方からの業務時間にそなえて、昼間はすっかり「ネコ」モードでリラックス。


努力する練習

2013-04-11 22:16:35 | 塾生へ

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 日々、「努力すること」の練習中。
 偉業を成し遂げた人や、何かの成果を出した人が、「自分は天才なのではなく、努力したからこそだ」と言い、また別の人は、「与えられた才能には感謝しているが、人一倍努力したのも確かだ」と言います。
 夢を抱き大きな目標を設定し、それをあきらめないことはとても大事なことで、そのためには、それに向かってひたすらに努力することが欠かせません。夢や目標は努力の末に達成されます。新しい参考書や問題集を選ぶときに、これさえ手に入れれば成績が伸びるという気になったり、短時間の学習でコツをつかむことができるといわれると、言われたそばからできるつもりになったり、ということがあるように思います。
 そんな安直なことはない。努力することは、学習者にとって欠かすことのできないものです。


いつのまにかスタート

2013-04-10 17:58:17 | 塾生へ

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 花を見るとそれがゴールのように見え、そうすると受粉し種子をつくることや、その種子が発芽し葉を広げていくことは通過点のように思えます。また、実をつけたものを見て、それをゴールのように見てとると、花を咲かせたのが通過点のように思われます。
 宗教的なことは別として、この世に生まれたのをスタートとして、その生を終えるのをゴールと捉えるならば、入学や進級は小さなスタート、受験の合格や卒業は小さなゴール、大きく全体からみればどれもが通過点であるように思います。
 中学3年生たちは、それぞれのペースではあるものの、受験学年を迎えて、小さなゴールに向かって走り始めました。ただ、そのスタートはいつだったのか。意識してスタートしたわけではなく、何となくそんな雰囲気になったから。中3になったから。そろそろ「ヤバい」から。スタートの曖昧なまま、それでも走り始めました。
 これまで、深く考えるのが苦手で、面倒がるところがあったKくんは、中2の終わりごろから、難しい問題や複雑な問題に対して粘りが出てきました。与えられたことには正面から取り組めるTさんは、この春休みに、宿題とは別に小論文にも取り組みました。
 始業式、入学式も終わり、受験学年以外も、ペースをあげて走れるようにトレーニングする毎日です。


恥をかくこと

2013-04-05 20:31:05 | 塾生へ

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 子どもの頃、恥をかくことがとても苦手でした。だれでも恥をかきたくないのは同じでしょうが、振り返るに、必要以上に恥をかくことを恐れていたように思います。おとなになって思い返し、「なんて恥ずかしいことをしてきたのだろう」と思うことは沢山ありますが、そうした恥ではなく、面と向かってその場で恥をかくことを恐れていました。
 
たとえば、無理をしてわかったふりをしてみたり、できないのではなく一生懸命やっていないからだというそぶりをしてみたりして、その場を取り繕う。そのぶん、人前で恥をかかないようにこっそり勉強したり、こっそり練習したりというよいこともあったけれど、自尊心が傷つくのを恐れすぎて、手に入れ損なったものは、とても大きい。
 そんな思いを抱えている分、子どもたちの自尊心にはそれなりに敏感なつもりでいますが、しばしば教室で次のようなことを言っています。教室は恥をかいてもいいところだから、わからないところを隠さなくていい。わかったふりをしなくていい。わかるようになるため、できるようになるためにきている教室で、わかったふりをしてはいけない、と。
 昔むかし、明治生まれの祖母が「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言っていたのを思い出すことがあります。おとなになった私にとっても、大切なことば。つまらない自尊心のために、他人から見ると恥でもないようなことを恐れて、失っているものはないか、そう自分に問いかけてみたりします。


正しくあること

2013-04-02 20:06:25 | 塾生へ

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 中学1年生の理科の授業でタンポポがとりあげられていましたので、ちょっと観察してみました。
 小さな種ができた時から、どのように成長するのかがインプットされているのでしょうが、それにしても、少しも間違わず、正しく葉を出し花を咲かせています。完全な美しい形に感心します。どんな季節にどんな花を見ても、すばらしく正しい形です。植物学者の牧野富太郎博士の本の中に、「自然の宗教。その本尊は植物。」とあったのを思い出しながら、小さな花を見つめました。