溝口 敦「パチンコ「30兆円の闇」」(小学館文庫) を読みました。
(以下引用)
国内のパチンコ人口、1500万人。全国には1万店を優に超すホールがある。「鉄火場」では日々巨額のカネが動く。その市場規模は米カジノ産業をはるかに凌ぎ、自動車などの基幹産業にさえ匹敵する。しかし、位置付けはあくまで「ギャンブルではなくレジャー」。警察による裁量行政と業界支配は揺るがない。結果、ホールは「巨大な密壺」と化し、無数のアリがたかる。結果的に割りを食うのはファンである。ホール経営者、メーカー幹部、カバン屋、ウラ屋、ゴト師から警察官僚まであらゆる「業界関係者」に直撃取材。パチンコ産業に潜む「闇」を浮き彫りにする。
(引用終わり)
私はギャンブルというものはどうも生理的に受け付けません。これまで1回だけ知人に誘われてパチスロを経験したことがありますが、こんな金の無駄としか思えないものに何故多くの人が夢中になるのか、全く理解できませんでした。
とはいえ、たとえ自分が生理的に受け付けず理解不能であったとしても、ギャンブルにも小市民のストレス発散などそれなりの社会的な意義というものがあるでしょうし、そもそもパチンコ・パチスロは1500万人のユーザーを抱え売上高は30兆円にも達する(今は22兆円ぐらいに縮小しているらしい)巨大産業ですから、その存在をにべもなく否定する気持ちは持っていなかったつもりです。しかし、本書を読むと、もう日本人はパチンコ・パチスロをボイコットすべきではないか、と真剣に思います。
公営ギャンブルの競馬や競輪、競艇などで得られた収益金の一部は、それなりに公共の福祉に役立つ事業に使われているのに対し、パチンコ・パチスロホールといえば脱税の常連ですし、得られた利益はホール経営者などを利するだけどころか、一部は北朝鮮に送金されて金日成・金正日父子の独裁体制を支えてきたと言います。また、事実上換金を伴うギャンブルであるにもかかわらず、「特殊景品」と「交換所」を介して換金させることによって「ギャンブルではない」と言い逃れるのはどう考えてもおかしいですし、そんな業界を警察が保護しそして見返りを得るという癒着の構造は、先進国ではかなり稀有なものではないでしょうか。
パチンコ産業に潜む「闇」どころか、あまり見たくも無い日本社会の「闇」が見えてくるような本だと思います。
(以下引用)
国内のパチンコ人口、1500万人。全国には1万店を優に超すホールがある。「鉄火場」では日々巨額のカネが動く。その市場規模は米カジノ産業をはるかに凌ぎ、自動車などの基幹産業にさえ匹敵する。しかし、位置付けはあくまで「ギャンブルではなくレジャー」。警察による裁量行政と業界支配は揺るがない。結果、ホールは「巨大な密壺」と化し、無数のアリがたかる。結果的に割りを食うのはファンである。ホール経営者、メーカー幹部、カバン屋、ウラ屋、ゴト師から警察官僚まであらゆる「業界関係者」に直撃取材。パチンコ産業に潜む「闇」を浮き彫りにする。
(引用終わり)
私はギャンブルというものはどうも生理的に受け付けません。これまで1回だけ知人に誘われてパチスロを経験したことがありますが、こんな金の無駄としか思えないものに何故多くの人が夢中になるのか、全く理解できませんでした。
とはいえ、たとえ自分が生理的に受け付けず理解不能であったとしても、ギャンブルにも小市民のストレス発散などそれなりの社会的な意義というものがあるでしょうし、そもそもパチンコ・パチスロは1500万人のユーザーを抱え売上高は30兆円にも達する(今は22兆円ぐらいに縮小しているらしい)巨大産業ですから、その存在をにべもなく否定する気持ちは持っていなかったつもりです。しかし、本書を読むと、もう日本人はパチンコ・パチスロをボイコットすべきではないか、と真剣に思います。
公営ギャンブルの競馬や競輪、競艇などで得られた収益金の一部は、それなりに公共の福祉に役立つ事業に使われているのに対し、パチンコ・パチスロホールといえば脱税の常連ですし、得られた利益はホール経営者などを利するだけどころか、一部は北朝鮮に送金されて金日成・金正日父子の独裁体制を支えてきたと言います。また、事実上換金を伴うギャンブルであるにもかかわらず、「特殊景品」と「交換所」を介して換金させることによって「ギャンブルではない」と言い逃れるのはどう考えてもおかしいですし、そんな業界を警察が保護しそして見返りを得るという癒着の構造は、先進国ではかなり稀有なものではないでしょうか。
パチンコ産業に潜む「闇」どころか、あまり見たくも無い日本社会の「闇」が見えてくるような本だと思います。